続いて、「3年未満で7割、10年では9割」。飲食店の廃業の割合です。本当に凄まじい数字だと感じました。
我々スペースデザインをしている者としても、ともに一生懸命、飲食店を作ったオーナーのお客様がお店を閉めていくというのは本当に悲しいことです。飲食業はレッドオーシャンであり、厳しい過当競争の業界なのです。
今、間借り飲食店という起業スタイルが飲食業界に一石を投じています。軒先レストランはITによって間借り飲食店をマッチングするプラットフォームです。このセッションでは、間借り営業によって、低リスクで飲食店経営を学べるというシステムをご紹介します。
事業を小さく切り取って、可能性をスピーディに検証する「リーンスタートアップ」を飲食業で実現した好事例だと我々は考えました。今回は「軒先レストラン」を立ち上げた武重氏にご登壇いただき、飲食業の新たな起業スタイルの紹介とともに、後継ぎや伝承といった日本の社会問題も含めた飲食業のあり方というものを教えてもらえればと思います。
また、チェーン飲食企業である吉野家ホールディングスとしては、かなりタブーな領域までチャレンジされているのでは、と我々は考えています。そういった事業背景など、NGなしで講演していただきたいと思います。
講演者
武重 準氏
株式会社吉野家ホールディングス
グループ企画室 特命担当部長
ハイリスク、ローリターンな
飲食業のあり方を変えたい
みなさんこんにちは、吉野家ホールディングスの特命担当、武重です。よろしくお願いいたします。
16年にわたり、はなまるうどんや吉野家で店舗や新業態の開発を担当し、飲食店の開業成功率の低さや廃業率の高さを目の当たりに。平成29(2017)年、社内ベンチャー制度を利用し、間借り飲食店のマッチングサイトを企画。現在、軒先(株)と「軒先レストラン」を共同運営する。飲食店起業に新たなモデルを提示した外食産業の救世主である。
私の提案は「軒先レストラン」という間借りのマッチングサイトです。誰もが気軽に飲食店を開業できる。なおかつ、仮に失敗したとしても、何度でも挑戦できる。そういった世の中を作りたいと考えています。
今は、そうではありません。こちらのデータです。飲食だけでなく、あらゆる産業の廃業事業所数をグラフ化したものです。その中でも、飲食店は年間約5万5,000件と、ぶっちぎりのトップで廃業数が多いと言われています。
単純に儲からないので閉店という方々もいらっしゃいます。一方、私は店舗開発をしていて、地方に行く機会が多くありましたが、地方では腰の曲がったおばあちゃんが、必死に営業しているお店が非常に多いんです。
なぜ、こういった方々が飲食店を続けているのでしょう。飲食店は体力的に厳しいので、お子様がなかなか継いでくれません。さらには、自宅を兼ねている方々が多いので、人気店にも関わらず、生活動線が店舗の中にある場合も結構あります。そうなると不動産としてなかなか流通ができません。結局、人気があるにも関わらず、閉店してしまうことが多いのです。
例えば、高崎市の事例では、「絶メシリスト」といって、絶品、絶滅寸前のグルメをピックアップするホームページがあります。行政が一生懸命、後継者を募集しています。それでも、なかなか見つかっていない状況です。
そういった状況にも関わらず、不思議なことに飲食業というのは、起業希望者が多い業界であり、その数は約15万人いると言われています。ただ、実際に起業できたのは16%だけです。
なぜ、起業しないのか? 主に自己資金不足と失敗したときのリスクが原因です。飲食業は借金して開業しても、忙しい割には儲からず、つぶれやすい。いわゆる「ハイリスク、ローリターン」な産業です。そんな飲食業の立ち位置、あり方を変えたいと思っています。
間借りカレーにヒントを得て
飲食店のシェアリングを着想
そんな中、投資や借金をしないで、工夫して起業されている方々がいらっしゃいます。それが、「間借りカレー」です。夜はビストロですが、昼間はPOPを変えてカレー屋さんになっている事例です。初期投資はPOPだけです。数万円の投資です。
こういった出店によって、個性的なカレーマニアやベンチャー企業など、日々新しい方々が参入して新しいカレーを生み出しています。
間借りで名前を売って、ファンができてから自分の店を持つ。非常に良い流れができています。そんなこともあり、カレー業界は非常に盛り上がっています。2年前、『マツコの知らない世界』というテレビ番組で密かなブームとして間借りカレーが紹介されました。
番組放映当時、東京の間借りカレー店は23店舗でしたが、現在は100店舗を超えていると言われています。ただ、間借りできる飲食店の情報は表に出てきません。友達、家族でないとなかなか間貸しができないという飲食店がほとんどだと思います。
ただ、こういったマッチングは、他の業界では一般的です。シェアサービスの業界です。オフィス、駐車場、民泊などいろいろなシェアリングがあります。このノウハウであれば、冒頭の腰のまがったおばあちゃんたちの自宅店舗も有効活用できるのでは、と考えました。それが「軒先レストラン」が誕生した背景です。
軒先レストランを具体的に「軒先レストラン」「飲食店オーナー」「開業希望者」の3本立てで説明します。
「初期投資ゼロ」の仕組みで
個性的な飲食店の開業を促す
まず、軒先レストランです。一言で言えば、間借りのマッチングサイトです。現在、350店舗が登録しています。「初期投資ゼロ」「水道光熱費込み」。「営業許可」は飲食店オーナーの範囲で営業するという特徴があります。
こういった初期投資がないという仕組みによって、個性的な方々をどんどん呼び込んで、外食の世界を楽しくしていきたいと考えています。
簡単に軒先レストランの流れを説明します。開業希望者は飲食店オーナーに面談を申し入れます。オーナーが間貸しするかどうかを決め、マッチング成立したら、軒先レストランが間に入り、システム利用料20%をいただき、マッチングを行います。我々の役割としては、何かあったときの保険の提供、オペレーションの構築、場合によって出店のエリア戦略などの相談にも乗ります。
平成30(2018)年5月のサイトオープンから、メディアで数多く取り上げていただきました。開業者も120名に上りました。間貸ししても良いという飲食店オーナーが350店です。
年中無休の個人オーナーが
休みを取れるメリットも
実際、飲食店オーナーはどのような方々が共感しているのでしょう。3名を紹介します。
まず、演歌歌手の川中美幸さんです。川中さんは、渋谷にお好み焼き店とバーを経営されています。若い方を応援したいとのことで、IT出身のゴーストレストラン(※)の方に、間貸ししていただいています。
※ゴーストレストラン: 飲食宅配代行サービスUber Eatsなどを活用した宅配のみの飲食サービス。2年ほど前から話題になり始めたニューヨーク発の新業態。
西麻布のバーでは、昼はチーズティ、週末は肉割烹、月曜日は会員制のバーに間貸ししています。オーナーは週に4日だけ働いています。個人店ながら、働き方改革を実現されています。
こちらは浅草のダイニングバーなのですが、週2日の夜だけ貸しています。利用者が希望する曜日であれば、いつでも間貸ししますというオーナーです。なぜかと、いろいろお聞きしたところ、この2日間を休んで、ご家族の看病をされているそうです。このように、軒先レストランが個人の飲食業の方にとっての福利厚生の仕組みになれば良いなと思っています。
個人の飲食店オーナーにとっては、「売り上げ以外の収入」「相乗効果による集客アップ」「保険による安心」に加えて、休みが取れるメリットがあります。飲食店経営者にとって、休みを取ることは切実な問題であり、開業以来休んでいない、毎日15時間働くという方も多い業界だからです。
意外なマッチングで
新たな仲間が生まれる
2件の契約事例から導入メリットをご紹介します。
恵比寿に平日は女将さんひとりで経営する小料理屋さんがあります。週末はコロンビア料理のお店になります。お客様もコロンビアの方々が大挙して押し寄せます。
神田ではタイ料理のお店が夜になると小料理屋さんに変身します。
このように、今までジャンル的に付き合いのない方々が新しい仲間になる。これも軒先レストランの大きなメリットです。
飲食は求人が非常に厳しい業界です。間借りで店舗を貸すのは、新たな求人の形態とも言えます。
逆にデメリットを挙げます。毎日、清掃し、相手に気遣うという部分は若干あります。ただ、スタートの面談の時点で、「この人とは合わないな」と判断いただいた場合は、無理してやる必要はありません。お互いやめることもできます。ぜひ、みなさまのお知り合いの飲食店があれば、ご紹介ください。軒先レストランのサイトで、3分もあれば登録ができます。
名店やタレントが生んだ
間借り飲食店の成功事例
次に開業希望者にはどんな方がいるかをご紹介します。お金はなくとも、アイデアはある。そんな個性的な方々が多いです。本業の方もいますが、副業でやられる方、主婦の方、学生、定年退職された方など、今まで飲食業に縁がなかった方々も参加しています。
業態も、変わった業態(いわゆる「ベンチャー・フード」)が続々生まれています。個人だけでなく、大手の食品メーカーや外食チェーンなども軒先レストランの仕組みを使って、テストを行っています。
実際にうまくいっている事例をいくつかご紹介します。
ブランドのあるお店で、間借りで出店されているケースがあります。
早稲田の「メーヤウ」という有名なカレー店がありました。3年ほど前に閉店したのですが、それが間借りで復活したのです。Twitterでつぶやいたら、噂を聞きつけた方々が駆けつけ、集まった事例です。この日、70名が行列をしていました。
こちらは「銀座 キャンドル」というお店です。チキンバスケット発祥のお店です。再開発によって、現在はもうありません。三島由紀夫さんや美輪明宏さんなど、多くの有名人が足しげく通った名店です。このお店も間借りで復活しました。
あとは、名店出身の方々の間借り飲食店です。これは「八雲」という池尻大橋で修行された方のお店。開店直後にラーメンブログに取り上げられ、1週間で行列店になりました。
続いて、タレントパターンです。今、アイドルがたくさんいます。アイドルの八木ひなたさんは、フォロワーが2万5,000人ぐらいいます。30席ぐらいの居酒屋を2回転するのは簡単です。
ミュージシャン出身の方もいます。RADWIMPSの元ギタリストの方は今、坦々麺屋さんを渋谷で2店舗展開しています。
「テラスハウス」で活躍された寺島速人さんも、恵比寿で「アイスパスタ」という面白い業態の飲食店を間借りで経営し、ご自分の夢であった石垣島でのパスタ店開業を実現しています。間借り発で成功された方ですね。
小さく始めて、拡大しながら
ブランドを育てることが目的
一番多いのは、一般の方々です。IT企業の元デザイナーの方もいます。渋谷ストリームに出店して、ヘルシーフードの人気店になりました。ひとりライザップのようなかたちで自分をキャラクター化して、がんばっています。
4カ月で4店舗のカレー店を出店された方もいます。原宿のクレープ店の出身で、インスタ映えをすごく意識されていて、とてもきれいなカレーを作っています。
ブロッコリーと鶏ムネ肉だけのお店もあります。値段は980円からで、Uber Eatsだけで売るというものです。売れたらすごいなと思っていたのですが、大成功して、5カ月で4店舗を展開しました。
このように、アイデアひとつでブランディングに大成功した方々も多くいます。
軒先レストランで出店していただく目的は、やはりブランド化です。個人の方でも小さく始めて、販路を拡大しながらブランドを作っていく、ということです。
お客様がいないのに、借金で投資をして、長期の契約をして失敗するというケースが飲食店は非常に多いです。だからこそ、間借り飲食店で小さく始めるというのを文化にしていきたいと考えています。
例えば、「凪」というラーメン店は、最初は新宿のゴールデン街で間借りをしていました。今では、国内外に50店舗を超えるチェーンになっています。
こちらの「鬼ビーフ」というローストビーフ店は、間借りだけで23店舗展開しました。
また、今年の神田カレーグランプリでは、「カリガリ」という間借りも展開するカレー店が優勝しました。間借りで出店しながら、コンテストで磨きをかけていくというのも軒先レストランの活用法だと思います。
うまくいかなった事例も紹介します。
都内に2店舗を出店して、両方失敗したおにぎりのお店。1号店がうまくいかずに味と店名を変えて別の場所に出店してもダメだったカレー店。どちらの出店者も実店舗であれば500万~1000万円ほど借金が残ってもおかしくありませんが、間借りであれば負債はありません。少しでも飲食への情熱が残っているのであれば、再チャレンジしてほしいし、軒先レストランだったらできると思います。
本日のロービーパーティでは、成功している2店舗がケータリングで参加します。ひとつは神宮前の「プラント×プラント」です。野菜カフェで修行された方が開業されました。もうひとつは「有頂天うどん」。うどん屋さんですが、間借りで弁当販売を3店舗展開しています。
年間10本の新規事業を立ち上げ
飲食業のあり方を変えていく
最後に、吉野家ホールディングスについて話します。
私は「はなまるうどん」出身ですが、牛丼の「吉野家」をはじめ、弊社は今まで、歴史あるブランドを正しく高速回転させることで成長してきました。これからは、それだけでは厳しいと考えています。
吉野屋ホールディングスでは4年前に10年計画を立てました。新しい市場を創造し、飲食業を再定義することを基本方針に、2025年までに、従来の飲食業のあり方を変える。これを強く願っています。毎年、10件の新規事業を立ち上げています。10年間で100件の新規事業を生み出す。飲食がメインですが、私がやっているような飲食業以外の事業もあります。
軒先レストランは吉野家ホールディングスのベンチャーですが、本日ご紹介した個性的な方々とともに、飲食業のあり方を変えていきたいと考えています。
今日のプレゼンにご共感いただけたら、お知り合いの飲食店をご紹介いただけると、非常にありがたいです。ぜひ、よろしくお願いします。
講演を終えて
入谷研究員:今日は空間事業に携わる事業者の方々もいると思います。ぜひ、未来のスーパースター、もしくは“バズるメニュー”を持つ人材を集めて、将来の内装業につなげていけるようなメンバーが軒先レストランから生まれるといいなと思いました。
武重さんにお伺いしたのは、今回、吉野家ホールディングスとして、「食材を扱わない事業の見返りをどのように捉えているのか?」という疑問です。
武重氏:軒先レストランは、社内で提案して会社側から開始の承認を得た吉野家グループの新規事業ですが、吉野家やグループへの見返りはまったく話していません。今ある飲食業の問題を解決することで、大きなメリットが弊社にもあるのでは、という発想です。この質問はよく聞かれますが、本当に吉野家のメリットは考えていませんでした。軒先レストランで活躍する個性的な飲食店と組めるのなら一緒に組みたいし、彼らの成長につながるのであれば、手助けしたいという思いです。
入谷研究員:武重さんの講演の最後で、「新しい市場を創造し、飲食業を再定義する」とありました。非常に大変なことだと思います。我々もそれを意識しながらやっていきたいと思います。(了)
記事中の情報、数値、データは調査時点のものです。