編著:にぎわい空間研究所編集委員会
2019年3月5日から8日にかけて東京ビッグサイトにて開催された展示会「JAPAN SHOP 2019」において3月6日、一般社団法人日本空間デザイン協会(略称:DSA)によるセミナー『新たな空間ビジネスを生むデザインの力 にぎわい空間研究所が考えるリアル空間活性化のヒント!』が開催されました。本記事では、同セミナーの様子をレポートします。
にぎわい空間研究所とは?
セミナーでは、にぎわい空間研究所所長の中郡伸一と主席研究員の入谷義彦が登壇。主に中郡が解説を行いながら、デザイン的なポイントについては入谷が詳細を紹介していった。進行は日本空間デザイン協会会員の津山竜治氏が務めた。
にぎわい空間研究所では、リアル空間ならではの新価値創造に挑む勇気ある先行事例の担い手「ファーストペンギン」を研究し、その成果をウェブサイトを通じて広く社会と共有してきた。
研究所ではこういった研究および情報発信活動を「メディア事業」と位置付けるとともに、専門分野で実績のあるキーパーソンをバンク化する「コラボレーション事業」、これまで2回開催した「にぎわい空間創造FORUM」やセミナーなどの「エデュケーション事業」、さらにはアライアンスパートナーと連携した共同研究開発を目指す「イノベーション事業」などへも活動を展開している。
リアル空間ビジネスの現状
にぎわい空間研究所が設立された背景には、ICT革命がもたらした破壊的イノベーションによって急速に社会変革が進行し、リアルな場、空間の概念、空間の価値が根本的に変わり、リアル空間ビジネスの伝統的な価値が破壊されている状況がある。
そのピンチをチャンスと捉え、新たな空間価値を創造している事例を研究し、メソッドとして広く社会と共有することこそが研究所のミッションなのである。
リアル空間の新価値には2つのポイントがある。
まず “High Touch”であること。リアル空間ならではの「体感」の価値、五感に訴えかける価値のあるコンテンツを開発することだ。
もうひとつは“Real & Vitual”。リアル空間とネットやデジタルなどのバーチャル空間を融合させた「リバーチャル空間」というソリューション提案である。
先進的リアル空間ビジネス創出のメカニズム
今回のセミナーのテーマは「デザインの力」であるが、にぎわい空間研究所が捉えるデザインとは、事業をかたちにする「プロジェクトデザイン」を指している。これまでの研究から浮かび上がったプロジェクトデザインのポイントは次の6つである。
① 社会問題の解決/社会的機会の活用
② ニーズ&シーズの発掘
③ 基本事業構想/ビジネスモデルの考察
④ 事業化への課題解決
⑤ 事業ノウハウの構築
⑥ 儲かる事業戦略の確率
そして、新価値創造に挑む勇気ある先行事例の担い手「ファーストペンギン」に共通する 3つの“成功法則”があると研究所では分析する。
① 時代の先を見抜く「先見性」や「洞察力」、過去の常識に囚われない柔軟な「発想力」があること
② 苦労や障壁(技術、法規、リスクヘッジ、事業参画の獲得など)が存在するが、それらと格闘していること
③ 困難を乗り越えたとき、先行者利益(資金、ブランディング、提携先など)を獲得していること
こういった認識をベースに、今回のセミナーでは3つの領域に関する具体的な事例を紹介した。
研究事例から紐解くデザインの力
Case.1
未活用空間を宝の山に変えたデザインの力
日本では現在、所有者不明の土地が約410haに及び、その面積は九州全土に匹敵する。所有者が判明している土地でも空き地面積は1,554㎢(全体の8.2%)に及ぶ。低投資で空き地を事業活用する方法としてはコインパーキングがあるが、法改正などで急増し、直近の10年間では約2倍に増え、供給過多の状況に陥っている。
コインパーキングオーナーは土地という資産には恵まれている“アセット・リッチ”ではあるが、事業を展開するためのキャッシュはない。そういった不動産オーナーの救世主となっているのが「空中店舗 フィルパーク」だ。
駐車場の台数は残しながら、空中にテナントビルを建てる。オーナーは賃料収入があり、テナントは事業の場所を確保でき、地域の人々は新たな出会いと交流の場所を得られるという「三方よし」のビジネスモデルである。
フィルパークのノウハウの特徴は、不動産オーナーの課題をワンストップで解決するサービスであること。企画から契約サポート、プロジェクトマネジメント、設計・建築まで一気通貫で手がけてしまうのだ。特に初期テナントの誘致も保証してくれるので、オーナーは家賃収入を見込んだうえで、事業をスタートできるのである。
フィルパークを可能としたのは “10cmの美学”を追求するデザインの力だ。規格の6m鉄骨を利用し、40cm角の柱を設けつつ、2.5m×5mの駐車スペースを配置していくのは、まさに10cmの戦い。さらに、フィルパークは、ガラス張りの意匠設計により暗い通りに明るさとにぎわいをもたらす。それもまた、デザインの力によるものなのだ。
未活用空間を宝の山に変えたもうひとつの事例は「ファーストキャビン」である。
東京23区内には8,899棟のオフィスビルがある。そのうちの9割以上が中小規模であり、その半分以上の4,919棟がバブル期に建てられたビルだ。老朽化が進む中小規模ビルはテナントの確保が難しく、またメンテナンスコストも経営を圧迫しているのである。
その老朽化ビルをデザインの力で再生しているのがキャビンスタイルホテルのファーストキャビンである。
日本は今、観光立国に向けて外国人旅行者の受け入れを強化しており、政府は2020年に訪日外国人が年間4,000万人に達することを目標としている。だが、急増する国内旅行需要に宿泊施設の客室数が追いついていない現状がある。
ファーストキャビンはこれまで空白だったカプセルホテルとビジネス向けバジェットホテルの間の価格帯に新たな宿泊業態を投入。カプセルとは違い、ベッドの脇で立つことのできる居室空間を確保するとともに、ラウンジや大浴場など共用エリアを充実させることで満足度の高い宿泊施設を実現したのだ。
また、300坪・投資3億円・工期3カ月・利回り30%・従業員3人というコンパクトな投資で大きな回収が見込めるビジネスモデルを確立したのも大きな特徴だ。
老朽化ビルをコンパクト&ラグジュアリーな簡易宿泊施設に “Re デザイン”するファーストキャビンの空間価値創造は、「Hotel Zen Tokyo」など競合ブランドを誕生させるなど宿泊業界に大きな影響を与えている。
研究事例から紐解くデザインの力
Case.2
シェアすることで空間価値を最大化させるデザインの力
空き地、中小規模老朽化ビルだけでなく、空き家も急増している。現在、全国の空き家は全体の13.5%(819万戸)に上り、2033年には30.2%に達すると推計されている。
空間の有効活用を促しているのがシェアリングエコノミーである。財産を所有するのではなく、共有するという劇的な変化は、ミレニアル世代を中心に劇的なスピードで広がっている。シェアリングエコノミーは主に「空間」「モノ」「移動」「お金」「スキル」の5つの領域とされている。
シェアリングエコノミー市場は2016年には約5,250億円に達していたが、2025年には1兆円に達すると見込まれている。
その背景には、シェアリングを行うインフラとしてのスマートフォン、そしてSNSが普及したことがある。空間の貸し借りは、基本的には個人対個人で行われるが、「シェア事業者」が設けるデジタル・プラットフォームを利用する。利用者はスマホアプリで気軽に空間を貸し借りできる環境があり、ネット上の評価を参考に利用を決めているのだ。
空間シェアのプラットフォームとして、国内最大級の規模を誇るのが「SPACEMARKET」だ。同社は、離島や古民家、廃墟ビルなど、一般的には借りることが困難なロケーションのシェアを可能としたことで話題になっている。
さらに、「お寺で創立記念パーティ」「古民家でコスプレ撮影会」「一軒家でハロウィンパーティ」など、空間利用で新たなる「コト」を生み出した。新たなコトをデザインすることで、空間価値は無限大に広がり、空間活用を促進しているのだ。
ビジネス利用の空間シェアのプラットフォームの草分けでは「軒先」が挙げられる。代表の西浦明子氏は2008年に軒先を創業。世界でも先進的な取り組みであり、まさに日本におけるシェアリングビジネスの生みの母といっても過言ではない存在なのだ。
スキマハンター”の異名をもつ西浦氏は、街なかで有効活用できなかった隙間空間を貸し借りできるプラットフォームを構築。ポップアップストアなどのスモールビジネスを促進しているが、これは副業を認め、社員のナレッジを高めようとする現在の働き方改革の時流にも合致する。
軒先では、飲食店の一定時間のみ間借りできる「軒先レストラン」を展開。さらには、キッチンカー事業者の支援などを通じて「ショップのモビリティ化」をデザインする。店舗そのものがニーズのあるエリアに出向くという発想は、TOYOTAが提唱する次世代モビリティの在り方“e-Palette”にも通じるものなのである。
研究事例から紐解くデザインの力
Case.3
空間のクラウド化によって新たなライフスタイルを創造するデザインの力
最後の研究事例のテーマは「空間のクラウド化」である。
空間のクラウド化とは、スマホやタブレットを通じて、クラウド上にある空間を「どこでも」「いつでも」「いくらでも」使える状態を指す。
ファッションレンタルサービスの「エアークローゼット」は、「クローゼットのクラウド化」を実現したサービスだ。
シェアリングエコノミーの広がりは、ファッションの世界にも到来した。今、女性の活躍社会の実現が求められているが、働く女性たちには会社に着ていく洋服選びという深刻な悩みがある。
エアークローゼットはサブスクリプション(定額課金サービス)によって、洋服のレンタルを実現。スタイリストとA.I.によってユーザー1人ひとりに最適なスタイリングを提案し、自宅まで洋服を配送してくれる。サービスを利用すればするほどユーザーの嗜好は蓄積され、より的確なコーディネートが提供されていくのである。
エアークローゼットは、リアル店舗でもサービスを開始し、東京・表参道に「airCloset×ABLE」をオープン。この店舗では常駐するスタイリストにコーディネートをしてもらい、そのまま街に出かけられる。
airCloset×ABLEは、リアルの場でしか体感できない “High Touch”と、リアル空間とデジタルが融合する “リバーチャル”の好事例だ。さらに、自らのアバターでコーディネートを楽しみ、オンラインで注文できる “GU STLE STUDIO”や “Amazon 4 star”といった“High Touch & リバーチャル”なショップが次々と登場しているのだ。
世界の空間ビジネス
世界を見渡すと未活用空間の活用事例は枚挙にいとまがない。今回のセミナーではロンドンとアムステルダムの事例が紹介された。
イギリスの通信会社最大手のBTでは、携帯電話の普及によって使われなくなった電話ボックスを貸し出す“Adopt a Kiosk(電話ボックスを引き受けて)”というキャンペーンを実施。すると、設置された場所で電話ボックスを活用するアイデアが数多く寄せられた。
コーヒやスープ、パンなどを販売するカフェ。本の感想を交換しながら、地域の人々が交流を促す図書館。そして、スマートフォンの修理店。未活用空間の活用によって、雇用の創出、にぎわいづくり、さらには地域コミュニティの醸成までがデザインされているのだ(※1)。
アムステルダムは “SWEETS hotel”という事例。水の都、アムステルダムでは、「ブリッジハウス」で川を航行する船舶の監視を行っていたが、近年のGPSの発達によってブリッジハウスが使われなくなった。
28棟の活用方法を公募したところ、あるデザイン会社がホテルを提案。1棟1棟のコンセプトを考案し、船舶を監視するワイドビューの窓のあるスタイリッシュなデザインの客室が誕生した。
中郡氏は「海外の事例では、公共と民間が密接に連携し、リベラルな発想とデザインの力によって社会課題を解決しています。デザインという資産によって、街の資産を活性化できるのです。私たちもこういった分野で思い切りデザインの力を発揮するべきなのではないでしょうか」と締めくくった。
予定されていたプログラムが終了した後、津山氏は「日本空間デザイン協会では、これまでも数多くのセミナーを開催してきました。一線で活躍する方々のデザインに対する考え方をお聞きしてきましたが、にぎわい空間研究所のデザイン観はこれまでの方々とは明らかに異なると感じました。今回のセミナーは、造形以前の仕組み、プロジェクトそのものをデザインする考え方と具体例を学ぶ有意義な機会でした」と語った。
日本空間デザイン協会会員 津山竜治氏
締めくくりとして、研究所の入谷氏と中郡氏が目指すべきデザインの在り方について語った。
にぎわい空間研究所 主席研究員 入谷 義彦
入谷氏:「今回、デザインの力をテーマに、にぎわい空間研究所の研究事例を紹介してきました。我々空間デザイナーはデザインコンセプトを軸とし、造形デザインやカラー、マテリアルに注力し、日々、ソリューションを提案しています。しかし、もう一歩踏み込み、クライアント自身が背負っている社会背景を感じ取れれば、かたちだけではないデザインが生み出せると私は考えます。
そして、エアークローゼットの事例のようにITの進化がもたらした空間のクラウド化によって家からクローゼットが消えるかもしれません。我々空間デザイナーはITの領域にも敏感になりながら、新たなデザインの力を考えていかなければならないと思います」
にぎわい空間研究所 所長 中郡 伸一
中郡氏:「私自身、DSAの会員であり、空間デザイナーです。鈴木恵千代氏が会長に就任された時、『コトづくりなくして、空間デザインはない』とおっしゃっていました。私はその考えに非常に共感しています。もちろん、かっこいい空間、気持ちよい空間も必要です。ですが、空間デザイナーは今、コトづくりのなかで、いかに社会の課題を解決するか、さらには社会にいかに貢献するかを考えなければならない時が来ていると思います。私自身も自分の力をそこに投入していきたい、と考えています」(了)