「にぎわい空間研究所」は、リアル空間にしかできない新しいビジネス価値の在り方を研究します

研究レポート

「airCloset(エアークローゼット)」 (ファッションレンタルサービス)

IT技術と物流革命で“クローゼットのクラウド化” を実現 ~「感動体験」の追求が生んだファッションの新たな波~

2018.10.11 facebook

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
 働く女性や子育てママ世代のファッションライフを刷新し、それまでは存在しなかった新市場を創出することに成功した革命的サービスがある。株式会社エアークローゼットが提供する月額制ファッションレンタルサービス「airCloset(エアークローゼット)」である。
 
エアークローゼットのウェブサイト
airClosetのウェブサイト。https://www.air-closet.com

 ドレスや晴れ着のレンタルは従来からあったが、airClosetの特徴は通勤やちょっとしたお出かけに着られる普段着をレンタルしていることである。専用アプリやウェブサイトで入会し、月額の会費を払えれば、プロのスタイリストが選んでくれた洋服が3着届き、気に入ったら購入できるし、着終えて送り返せばすぐに次の3着を届けてくれる
エアークローゼットの基本的な利用手順

airClosetの基本的な利用手順(提供:株式会社エアークローゼット)  


 ファッション業界の発想からは決して生まれなかったairClosetのサービスは、開始直後から大きな反響を呼び、現在の会員数は16万人に達している。
 なぜ、airClosetは、女性たちから強い支持を受けているのだろうか? その背景には、男性には分かりえない女性のファッションに関する精神的な重荷があったのだ。  

 
女性を重労働から解放した"神家電"
その再来となる普段着のレンタル
 
 昭和30年代半ば(1955年)からの高度経済成長期に、日本人の暮らしを大きく変えたものが4つある。まず、電気炊飯器。そして、「三種の神器」と言われた電気洗濯機、白黒テレビ、電気冷蔵庫である。これらのうち、白黒テレビ以外は家事に使われる道具だ。炊飯器、洗濯機、冷蔵庫という家電の普及は、女性たちを家事の重労働から解放したのである。
 茨城県立博物館の発行する『歴史館だより』には、所蔵品を紹介する記事として次のような記述がある。 「三種のうちで最も早い時期から売れ始めたのは『電気洗濯機』でした。内閣府の統計によると昭和30年には約10%の家庭で所有していました。同時点で『白黒テレビ』は約3%、『電気冷蔵庫』は約1%にしか達していません。主婦にとって最も厳しい労働といわれたタライと洗濯板の作業からの解放が、いかに望まれていたかがわかります。」(※1)
 電気洗濯機をはじめとする“神家電”の登場によって、家事の重労働から解放された女性たちは、自由に使える時間を獲得し、社会進出を果たしていくのだ。
 この“神家電”の登場から60年を経た平成27(2015)年、25歳から54歳までの女性の労働力率の割合は70%を超えた(※2)。子育て世代も含めて7割の女性が社会に出て働く時代が到来したのだ。airCloset(同年2月開始)は、そんな時代に登場したサービスなのである。
 その女性たちの切実な悩みが通勤やちょっとしたお出かけで着る洋服である。エアークローゼットが25歳から59歳の女性を対象に行った「ファッションの悩みについて」という調査によると、「コーディネートを考える時間がない」(41.7%)、「洋服をじっくり選ぶ時間がない」(33.3%)、「流行りを追う時間がない」(12.5%)といった回答が上位に来る。
 
【ファッションに関する時間についての悩み】
【ファッションに関する時間についての悩み】対象者:25~59歳。(提供:株式会社エアクローゼット)
 

 また、本研究所の女性研究員たちからは、「通勤用の洋服を買いに行くのは『仕事』に近い感覚」「毎朝、会社に何を着て行くかを考えるのはストレス」といった意見も聞かれる。
 働く世代や子育て世代の女性たちは、日々の仕事や家事、子育てに追われている。それゆえ、ファッション情報をチェックし、ショップをめぐって試着をしながら洋服を買い揃え、毎日着る服をコーディネートする時間と精神的余裕が極端に少ないのだ。結果、日々の洋服選びは彼女たちにとって深刻なストレスとなっている。
 洋服を選び、買いに行き、コーディネートする。その日々の悩みから女性を解放するサービスがairClosetなのだ。それはまさに、かつて神家電が女性を重労働という肉体的苦痛から解放したのに匹敵する「ライフスタイル革命」となる可能性を秘めている。
 
※1 茨城県立歴史館『歴史館だより』No.99(2008年10月発行)
http://www.rekishikan.museum.ibk.ed.jp/10_kanndayori/dayori99.htm
※2 厚生労働省『平成28年版働く女性の実情』P125「付属統計表・付表3・『年 齢 階 級 別 労 働 力 率 の 推 移 』(総務省労働力調査より)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/josei-jitsujo/dl/16e.pdf


 
スタイリングの評価を蓄積することで
ユーザーの趣味嗜好を明確にする

 まず、airClosetのサービスについて説明していく。
 サービスには2種類の料金プランがある。月額6,800円(税抜)の「ライトプラン」は月に1回(3着)までだが、月額9,800円(税抜)の「レギュラープラン」は無制限でレンタルできる。3カ月単位で契約する「まとめ払い(レギュラープラン対象)」だと1,000円以上お得だ。
 1カ月単位でも始められるし、不要であればすぐに解約できるので利用のハードルは低い。また、サービスを利用し始めた初月のみ、スタイリングやサービスが満足できない場合は利用料金を返金する「満足保証」もスタートし、さらに始めやすくなっている。
 
料金プラン
airClosetの料金プラン。月1回のレンタルか借り放題かを選ぶ。(提供:株式会社エアークローゼット)
 

 サービスを利用するには、まずWEBブラウザから会員登録を行う。登録するのは、洋服選びに必要な情報だ。色や形などの洋服の好み、サイズ(S、M、L)や体型の悩み、そして自分の顔と全身の写真。さらに、アプリ内では数多くの洋服の写真を閲覧でき、気に入った洋服にピンをしていくことで、自分の「アイテムブック」を編集していける。こういったユーザーの容姿や嗜好の情報を元に洋服を選ぶのはプロのスタイリストだ。
 登録が済むと、数日でスタイリストが選んだ洋服3点(トップス、ボトムス、ワンピースなど+α)が専用のボックスに入れられて届く。また、アプリのアカウントには、アクセサリーや靴、帽子との着合わせなどスタイリストからのコーディネートのアドバイスなどが届くという仕組みになっている。
 
体験レポート
にぎわい空間研究所山下研究員の体験レポートより。
トップス、ボトムス、ワンピースが到着するとともに、3点の合計金額やスタイリストからのコメントも通知される。
利用者はそれぞれのアイテムに評価をつけることができる。
 
 洋服1着の小売価格は約10,000円〜15,000円。1ボックスあたり30,000円から45,000円相当の価値がある洋服が届くのである。アカウントには、届いた洋服の販売価格も表示されているので、気に入れば購入することもできる。airClosetでの販売価格は、レンタルでの使用回数などを計算する独自のアルゴリズムで決定されている。
 レンタルした洋服の返却期限はなく、好きな期間、着ることができる。返却する際は購入しない洋服をすべてボックスに入れて宅急便で送付する。洗濯やクリーニングをする必要はない。月額9,800円(税別)の「レギュラープラン」であれば、1回300円(税別)の返送料を負担するだけで何回でも交換可能だ。
 
サービスの流れ
airClosetのサービスの流れ。(提供:株式会社エアークローゼット)
 

 サービスへのレビューの仕組みも整っている。ユーザーは送られてきた洋服のデザイン、着心地、サイズ感への感想を送ることができ、データはairClosetのスタイリスト間で共有され、次の洋服を送る時に反映されていく。つまり、利用を重ねるごとに、そのユーザーの趣味嗜好を理解したコーディネートが明確になっていくというわけだ。
 今回の研究にあたり、にぎわい空間研究所では山下英子研究員(40歳代)が実際にairClosetのレギュラープランを利用した。
 「忙しい女性には良いサービスだと思います。洋服のランクも上質なものでお得感があるし、自分では選ばないスタイルのものを着ると新鮮な気持ちになります。毎回、どんな洋服が届くか楽しみです。利用を続けると少し『冒険』をしてみたくなり、服の好みも広げてみたくなります。
 スタイリングについては色々と感想を書きましたが、次に送られてきた商品では私の要望をきちんと踏まえていると実感できました。
 
スタイリストとやりとりした実際の画面
山下研究員がスタイリストとやりとりした実際の画面。洋服だけでなく、靴やアクセサリーについてもアドバイスしてくれる。
 
 気に入って買った洋服でも定期的に捨てなければなりません。このサービスを利用すれば、クローゼットの洋服が増えなくてよいし、何よりも着なくなった洋服を捨てる痛みがないのが嬉しいですね。
 今回は研究目的でのトライアルでしたが、あまりにも便利なのでこのまま続けることにしました」(山下研究員)
 一例だが、山下研究員の満足度はかなり高く、同社がウェブサイトで謳う「プロのスタイリストがあなたのライフスタイルを変える」というキャッチコピーに相応しい感想だった。


 
女性のワクワクを実現するために
未経験のファッションで起業を決意

 airClosetを運営する㈱エアークローゼットの代表取締役社長 兼 CEOの天沼聰氏はサービス提供のきっかけを次のように語る。
 「働く女性や子育て中の女性は、ファッションをゆっくりと知る時間がありません。子育て中であれば、街に出ても子どもの服が優先だし、試着をする余裕もない。新しい洋服に出会うきっかけが限定されているのです。生活のリズムを変えずに、信頼する第三者が勧める新しい洋服に出会えるサービスを提供したいと思いairClosetのビジネスモデルを発案しました」
 天沼氏は、企業コンサルティング会社やネット通販大手の国際事業で経験を積んだ後、平成26(2014)年7月、㈱エアークローゼットの前身である㈱ノイエジークを設立した。天沼氏を含む3名でのスタートだった。
 
㈱エアークローゼットの代表取締役 兼 CEOの天沼聰氏。
airClosetを運営する株式会社エアークローゼットの代表取締役社長 兼 CEOの天沼聰氏。

 起業をする時、天沼氏は彼自身が好んでいた3つの事柄を起業の要件として掲げた。
① ITやインターネットなどテクノロジーを最大限に活用すること。
② シェアリングエコノミーの概念を取り入れること。
③ 衣食住に関わり、人々のライフスタイルをより豊かにするビジネスであること。

 100件以上のアイデアを発案し、事業計画を詰めたプランも数件あったが、最終的に事業化を目指したのが月額制で洋服を届ける女性向けファッションレンタルだった。
 「私は当時から『ワクワクが空気のように当たり前になる世界』を事業のビジョンとして掲げていました。日々の生活のなかでちょっとしたワクワク体験をしてもらいたい。衣食住のなかで一番、人の気持ちに近いのが女性のファッションだったのです」(天沼氏)
 天沼氏を含む創業メンバーにファッション業界での経験者はいなかった。人の紹介でファッション業界の人々に意見を聞いた。「ファッションレンタルなんて誰も見向きもしない」「どこのブランドも参画しない。小売とも対立する」といった否定的な意見がほとんどだった。
 
創業期の写真
創業期の写真(天沼氏と他2名の創業メンバーと当時のオフィスで)
 

 「ネガティブな意見を先にもらえたので、そこをクリアすれば実現可能性は高まると思いました。ファッションレンタルはあくまで私たちの仮説。必ず成功するかどうか、未来に対して誰も正解なんて語れません。検証方法はただひとつ。やってみるしかないのです。ビジョンに対してまっすぐ進めさえすれば、実現する手段の選択肢はあるはずだと思っていました」(天沼氏)
 また、「使用感のある洋服をレンタルすることへの抵抗感があるのでは」という懸念もあったが、「体験価値が勝るはず」と信じ、事業化を進めた。


 
寺田倉庫との出会いが実現した
“クローゼットのクラウド化”

 起業当時、天沼氏がファッションレンタルのサービスを実現するための最大の難関は、物流の仕組みの構築だった。膨大な数の洋服にIDをつけて個品管理し、低湿度・一定温度の条件で保管し、洋服の発送から返却、クリーニングまでのサイクルを一元管理できる物流会社との協業が必要だった。ちなみに、現在、エアークローゼット社の洋服の在庫は10万着に及ぶ。
 その当時はまだ、洋服を個品管理する物流機能を兼ね備えていたのは、寺田倉庫㈱の個人向けクラウド収納サービス「minikura(ミニクラ)」だけだった。
 平成24(2012)年9月にサービスを開始したminikuraは、個人から預かった荷物を開梱し、アイテムごとに写真撮影をして、ユーザーがウェブサイトでアイテムを管理できるという個人向け収納サービスでは革命的なものだった。天沼氏は、収納品の個品管理がネット上でできる「倉庫のクラウド化」に成功したminikuraの存在を聞き及び、寺田倉庫の門を叩いた。これが運命的な出会いとなったのである。
 
minikuraプラットフォームの仕組みと収納品を撮影する寺田倉庫のスタッフ(図版、写真提供:寺田倉庫)

 「ちょうどminikuraが預かった洋服をクリーニングするサービスを提供し始めた頃でした。寺田倉庫様に連絡して、エアークローゼットの事業計画をプレゼンし、『minikuraを高速回転させたいんです!』と説明しました。すると、その日のうちに『一緒にやりましょう』とお返事をいただけたのです。洋服を個品管理できる倉庫会社と提携できなければサービスを開始するつもりはありませんでしたから、本当にタイミングがよかったですね」
 寺田倉庫のminikuraが「倉庫のクラウド化」への挑戦であれば、天沼氏の着想は「クローゼットのクラウド化」であった。収納空間をネット上の“クラウド空間”として捉え、膨大な量の物品(洋服)を個品管理し、IT技術でリアルな物流を管理する。その発想の一致こそが、前代未聞のファッションレンタルサービスを実現に導いたのである。
 そして、ユーザーからしてみれば、スマホを操作するだけで、自宅のクローゼットの洋服を増やすことなく、クラウド空間にあるクローゼットの洋服を「どこでも(場所フリー)」「いつでも(時間フリー)」「いくらでも(規模フリー)」利用できるようになったのだ。エアークローゼット社は様々なサービス空間をネット経由で提供する「クラウド空間ビジネス」の特筆すべき事例と言えるのである。
 寺田倉庫では協業への快諾に加えて、スタートアップ企業支援の一環として、エアークローゼットへの出資を行なった。エアークローゼットは規模拡大に伴い、平成30(2018)年4月からは物流拠点を寺田倉庫から大和ハウス工業㈱の「DPL市川」へと移したが、同社と寺田倉庫の2社は新たな事業開発に向け、協業関係を続けている。
 
物流施設「DPL市川」
AI、IoT、ロボットを活用する新たなシェアリングモデル物流施設DPL市川内の「IntelligentLogisticsCenterPRPTO」。
エアークローゼット社は大和ハウス工業㈱との次世代物流オペレーションを共同構築する。(提供:株式会社エアークローゼット)
 

 エアークローゼットでは、寺田倉庫との協業成立後、中園ホールディングスが展開するクリーニングの『ホワイト急便』とも協業体制を確立した。『ホワイト急便』との共同監修のもと、除菌消臭効果の高い独自配合の洗剤を使って行うクリーニングを実現。クリーニングの前後で3回の検品を行う厳密な管理体制を確立し、洋服のシェアリングによるレンタルサービスの質を担保した。洋服の保管と洗浄、管理の体制確立こそが、「他の人が着た普段着を借りるなんて」というこれまでの懸念を払拭した要因なのである。
保管管理の様子
airClosetの洋服の保管管理の様子。(提供:株式会社エアークローゼット)


 
「日本初」を掲げた広報活動と
緻密なブランディング戦略

 現在、airClosetの会員の属性は、仕事をしている女性が約93%。20代後半から40代前半が約72%で、子どもがいる割合は約44%。この割合は起業当初の想定とほぼ同じだというのは見事と言うほかない。いかにして、エアークローゼット社は想定したターゲットに辿り着いたのだろうか?
洋服のバリエーションと対象とする年齢層
airClosetの洋服のバリエーションと対象とする年齢層。(提供:株式会社エアークローゼット)

 創業当初、エアークローゼットが力を入れたのは広報活動によるブランディングだった。スタートアップ直後のベンチャー企業は広告宣伝費に限りがある。そこで、メディアに話題を提供し、取材をしてもらって、エアークローゼットの情報を広く一般に広めていこうと考えたのだ。広報活動では次の3つの「日本初」を全面に押し出した。
① 日本初の「ファッションのシェアリングエコノミー」であること。
② 日本初の「ファッションのキュレーション(プロのスタイリストによるコーディネート提案)」であること。
③ 日本初の「普段着のファッションレンタル」であること。
 こういった「日本初」をメッセージとして発信しながら、サービスと会社のブランディングを行うとともに、「ファッションレンタル」という新たな業態のブランディングも行っていったのだ。
 その広報活動がサービスを広げる鍵だと認識していた天沼氏は、自分たちの意図する情報を正確に世の中に伝えるために手間暇を惜しむことなく自らが広報活動の先頭に立ったのである。
 「すべての取材には代表である私が対応しました。取材で使う言葉の定義は社員であっても様々なので誤解を防ぐためです。また、どれほど知名度が高くても、生放送のバラエティ番組の取材はお断りしました。タレントさんが何を言うかは予測できず、事前に放送内容を確認できないからです」
 メディアへの話題の提供とブランドイメージの徹底したコントロール。その両輪こそが、エアークローゼットという新たな価値のイメージを形づくってきたのである。



ファッションレンタルへの需要
その顕在化を支えた3つの価値
 
 スタートアップ前、ファッション業界のプロたちは、「ファッションレンタルなんて誰も見向きもしない」「どこのブランドも参画しない」と言っていたが、市場の反応はそれとは正反対だった。
 平成26(2014)年10月に事前登録を開始したエアークローゼットの登録者数は2万5,000人にも及んだのだ。天沼氏が想定した規模のおよそ10倍だった。平成27(2015)年2月にサービスを開始するがアクセスが集中し、サーバーがダウン。約10日間の再構築期間を経て、サービス再開にこぎつけた。1カ月で会員は4万人に上り、その後も順調に増え、平成30(2018)年6月末現在、約16万人に達している。商品を提供するブランドも当初は10ブランドだったが、現在は300ブランドにまで増えた。
 
会員数の推移
airClosetの会員数の推移。わずか3年半で16万人を突破した。(提供:株式会社エアークローゼット)

 こういった数字が証明する通り、airClosetは、既存業界のプロが否定したファッションレンタルの潜在需要を顕在化させ、見事に新しい市場を創ってみせたのである。実際、airClosetの登場後、女性服のメーカーなど様々な企業がファッションレンタルに参入した。平成30(2018)年に入ってからは紳士服のメーカーや量販店大手もスーツの定額制レンタルサービスを開始したのである。
 ファッションレンタルの先駆けとなったエアークローゼット社の成功はその着想と緻密なビジネスモデル、そしてブランディング戦略によるものと思われがちであるが、決してそれだけではない。
 天沼氏は、同社が起業した時から現在まで変わらずに大切している哲学とも言うべき三つの要因を挙げている。
 
①パーソナライゼーション
「SNSなど様々な情報源の登場で情報発信はパーソナルになっている。サービスもパーソナルになるべきだと考えました」(天沼氏)
 エアークローゼットは、大手量販店のように不特定多数へのサービスではなく、ユーザー1人ずつに「あなただけ」のスタイリングを提供する「パーソナライゼーション」サービスを行う。またユーザーはアプリで好みのファッションアイテムの情報を蓄積していくことで、自分だけのファッション・スタイルを構築していけるのだ。

②体験価値
「これまではモノを中心に考えられてきたが、これからは、モノよりも『体験(コト)』を中心にして、体験価値を重視したいと考えました」(天沼氏)
 
スタイリストの紹介
airClosetのスタイリストの紹介。(提供:株式会社エアークローゼット)

 airClosetではユーザーに届ける3点の洋服のうち1点はあえて意外性のあるものを入れるこのもある。プロのスタイリストが自分に似合う洋服を選んでくれることに加えて、今まで自分では選ばなかったテイストの洋服を着ることでワクワクし、新たな自分を発見し、周囲からも「その洋服、似合っているね」と言ってもらえる「体験価値」を提供するのだ。

③ 時間価値
「そして、経済価値以上に『時間価値』を大切にし、時間価値を最大化するサービスを作りたいと思いました」(天沼氏)
 前述した通り、女性のファッションの時間に関する悩みでは、「洋服をじっくり選んで買う時間がない」「コーディネートを考える時間がない」が圧倒的に多い。airClosetは、働く女性や子育て中の女性が、これまでの生活を一切変えることなく、プロがコーディネートまで考えてくれた洋服が自宅に届けられることで新たなファッションと出会える。つまり洋服を買いに行く「移動」と洋服を選ぶ「検索」にかかる時間コストを削減し、「時間価値」を提供しているのだ。

 エアークローゼット社はこれらの3つの価値を顧客に提供することをミッションとして掲げ、その達成の成否を自らに問うてきた。その継続による価値提供の実現こそが、同社がファッションレンタルという前代未聞のサービスを実現し、成長させ続けている要因なのである。


 
顧客も気づかない「何か」を
提供することで生まれる「感動体験」

 エアークローゼット社は起業する以前から「9 Hearts」という行動指針を掲げている。その冒頭に掲げられているのが「お客様の感動が第一」という項目だ。その説明には、「提供するサービスはお客様の笑顔をつくるもの。お客様が感動することを常に考え、行動する」とある。
 
エアークローゼットが掲げる “9 Hearts”
エアークローゼット社が掲げる “9 Hearts”。 (提供:株式会社エアークローゼット)
 

 そして、前述の通り同社ではビジョンとして、「ワクワクが空気のように当たり前になる世界」を掲げている。「顧客の感動体験」。エアークローゼットの事業の根幹にはこの価値があるのだ。
 「お客様の感動が第一です。『顧客満足』は、お客様に欲しいものを聞いて、対応すれば高めることができます。しかし、『顧客の感動体験』はお客様も気づいていない何かに我々が気づき、提供しなければなりません。お客様以上にお客様のことを知り、それをサービスとして提供する。それがエアークローゼットの美学であり、経営判断の基準です」(天沼氏)
 大半の企業が「顧客満足」を追求するだけでも苦労しているのに、「顧客感動」の提供を目指すことは高いハードルとなる。「顧客満足」が顧客の期待値を上回ることで得られる評価であるのに対して、「顧客感動」は顧客が意識も期待もしていなかった“新しい驚き”を提供し続けることによってしか生まれないからである。そうした難易度が極めて高い「顧客の感動体験」を、エアークローゼット社はいかにして生み出しているのだろうか?
 まず、プロのスタイリストが洋服を選ぶことそのものが感動体験につながっている。自分が普段選ばない色やデザインの服と出会うことがワクワクする感動なのだ。3点送る洋服のうち1点はあえて意外性のあるものを入れるのは、会員からのフィードバックだけでコーディネートすると、傾向が偏りがちで驚きに欠けてしまうからである。また、洋服を選ぶ傾向が偏ることを避けるため、同じスタイリストを専属で付けるのではなく、スタイリストは発送ごとにスタイリストを変える仕組みをとっている。

 そして、洋服を入れる箱にもこだわった。段ボール箱で送るのではなく、白と赤を基調としたデザインで、蓋を開くと袋に入った洋服が現れるボックスを採用した。この箱が現在のかたちになるまで、天沼氏ら創業メンバーは約100個のサンプルを作り、利用者が箱を開ける喜びを感じられる形状を目指した。それも、洋服と出会う体験価値を重視したからなのである。
 
洋服を送るボックス
洋服を送るボックスも、airClosetが小さな「感動体験」を提供する手段だ。(提供:株式会社エアークローゼット)

 「小さな感動体験を意識して作っていくことが大切です。嬉しい裏切りを次々とやっていきたいですね」(天沼氏)
 airClosetでは、様々な企業とのタイアップ事業を行っており、不定期で商品サンプルやクーポン券なども箱に入れている。こういったことも小さな感動体験の積み重ねのひとつである。

 IT領域からのアプローチもある。同社では「スタイリング提供システム」という特許を取得(特許第6085017号)。会員のファッション・スタイルに関する情報を分析し、その好みに寄り添った高品質なパーソナルスタイリングを実現する仕組みをシステム化しているのである。
 
エアークローゼットのウェブサイト
「スタイリング提供システム」の操作画面と特許証(提供:株式会社エアークローゼット)
 

 顧客からのフィードバックはデータとして蓄積され、人工知能によって個人の趣味嗜好を理解する指標を提示する。さらに、そのデータは新たな顧客と150名にも及ぶスタイリストとのマッチングなどにも活用されている。同社では、社長の直属にデータサイエンティストのチームを置きながら、さらなるデータ活用の進化を図っている。
 「エアークローゼットのサービスはITによって支えられています。しかし、ITを使うこと自体を目的とはしていません。顧客体験を最大化するために必要なITを手段として使っていくという考えです」(天沼氏)


 
リアル店舗、販売サイトに広がる
パーソナルスタイリング

 同社では、airClosetで培ってきたパーソナルスタイリングのノウハウを他の事業にも展開している。
 まず、平成28(2016)年10月に東京原宿にオープンした『airCloset×ABLE(エアークローゼットエイブル)』である。これは不動産賃貸会社である㈱エイブルとの共同運営するファッションレンタルショップである。
 店舗ではプロのスタイリストが常駐し、パーソナルスタイリング診断を行うとともに、コーディネートを提案。その場で試着ができ、コーディネートのポイントや着こなしのコツも説明してくれる。気に入れば、そのままレンタルすることが可能。当日は1,800円(税別)、6泊7日で2,200円(税別)、13泊14日なら3,600円(税別)。購入することも可能である。

 「オンライン上でのお客様の反応はとても遅いのが実情です。しかし、実際の店舗で対面してスタイリングをすると、その場で反応があります。スタイリングの精度を高めるために、リアルな場が活用できるのです」
 
mairCloset×ABLEの店内。エイブルは女性向け会員制度の特典としてサービスを活用している。(提供:株式会社エアークローゼット)

 もう一つは、平成29(2017)年10月にスタートした『pickss(ピックス)』。プロのスタイリストが選んだ洋服5点が自宅に届き、試着して気に入ったものを購入できるというサービスだ。airClosetとは違い、「購買時のパーソナルスタイリング」を提供するサービスだ。現在、参画するアパレルは16ブランド。会員数は●●万人に上る。
洋服のeコマースにコーディネートと試着という新たな付加価値をつけた「ピックス」
洋服のeコマースにコーディネートと試着という新たな付加価値をつけた「pickss」。(提供:株式会社エアークローゼット)
 

 このように、エアークローゼット社はファッション業界においてパーソナルスタイリングの一大プラットフォーム企業となりつつあるのだ。


 
顧客データの蓄積と活用が
ファッションの未来を変える
 
 今後、ファッションレンタルを主力事業とするエアークローゼット社はどのような方向に進んでいくのだろうか。天沼氏によると、次の3つの方向性があるという。
 
①洋服以外のアイテムへの広がり  
現在は洋服3点というのが基本であるが、今後はアクセサリーもアイテムに入れて、ファッションとの出会いの幅を広げていく。アイテムが増えるとコーディネートの難易度が上がるが、それだけスタイリストの価値は上がる。
②レディース以外への広がり  
現在は女性向けのファッションレンタルのみだが、今後はメンズ、シニア、キッズ、マタニティなど他のターゲットにも広げていく。
③海外への広がり
日本のトレンドで、スタイリングを海外にもリアルタイムで提供していく。海外に日本のファッションを広げていく。
 
 こういった広がりに加え、ぜひ注目したいのは、エアークローゼットが今後、ファッション業界にどのような影響を及ぼしていくかである。

 ファッション業界の常識は、基本的には「売ったら終わり」である。だが、エアークローゼット社は、IT技術と物流の革命によって「クローゼットのクラウド化」を実現し、新たなファッション体験のあり方を提示した。それは、洋服の供給者と消費者が「継続的な関係を続ける」という画期的なものだ。
 
 さらに、シェアリングエコノミーに慣れ親しんだ若い世代、とりわけミレニアル世代(※3)が社会で決定権をもつ時代になった時、エアークローゼット社の提供するサービスが今よりもはるかに受け入れられやすくなっていることは想像に難くない。
 

 
ジャパンネット銀行によるミレニアル世代のシェア消費についての調査結果。
シェアサービスに対してポジティブな意識が明らかになり、ファッションレンタルサービスへの利用意向は最も高いことが判明した。
https://www.japannetbank.co.jp/company/news2018/180215.html

 にぎわい空間研究所では今後もエアークローゼット社がいかに“クローゼットのクラウド化”を進化させ、人々のライフスタイルに劇的な変化を及ぼしていくかに注視していきたい。(了)
※3ミレニアル世代とは、2000年以降に成年期を迎えた、情報リテラシーに優れ、多様な価値を受け入れる傾向にある世代であり、現在の20歳代から30歳代半ばの若者たちである。
 
<Data>
名称:airCloset(エアークローゼット)
業種:ファッションレンタルサービス
サービス開始:平成27(2015)年2月
会員数:約16万人(平成30(2018)年6月末現在)
ウェブサイト:https://www.air-closet.com

事業主体:株式会社エアークローゼット(airCloset, Inc.)
本社所在地:〒107-0062 東京都港区南青山3-1-31 NBF南青山ビル5F
会社設立:平成26(2014)年7月15日
従業員数:約80人(業務委託やインターンを含む)
代表者:代表取締役社長 兼 CEO 天沼 聰
事業内容:インターネットサービス事業
ウェブサイト:https://corp.air-closet.com
※データは平成30(2018)年8月末現在

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