「にぎわい空間研究所」は、リアル空間にしかできない新しいビジネス価値の在り方を研究します

研究レポート

「軒先レストラン」 (間借り飲食店スペースシェアサービス)

飲食店のスタートアップを支える「間借り経営」の仕組みづくり
〜外食大手の知見と空間シェアの先駆者がマッチングシステムを実現〜

2019.07.19 facebook

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
多額の費用がかかる飲食店経営
ノウハウを学ぶ前の出店が失敗の原因

赤坂★京カフェ&バル Sakura Sakura(東京都港区赤坂)赤坂★京カフェ&バル Sakura Sakura(東京都港区赤坂)

アスリート担々麺 マーチャン(東京都町田市)アスリート担々麺 マーチャン(東京都町田市)

スパイス食堂 Yum-Yum(東京都文京区本郷)スパイス食堂 Yum-Yum(東京都文京区本郷)

冷麺 栄SAKAE(東京都港区赤坂)冷麺 栄SAKAE(東京都港区赤坂)

BROS TOKYO 代官山(東京都渋谷区代官山)BROS TOKYO 代官山(東京都渋谷区代官山)

スパイスカレー NORTH(東京都中央区日本橋蛎殻町)スパイスカレー NORTH(東京都中央区日本橋蛎殻町)

濃厚担々麵 銀座昊/はぐれ雲(東京都品川区西五反田)濃厚担々麵 銀座昊/はぐれ雲(東京都品川区西五反田)

ヤドカリ寿司 魚伸(東京都中央区日本橋蛎殻町)ヤドカリ寿司 魚伸(東京都中央区日本橋蛎殻町)

デリバリー専門プロテインスムージーショップ 筋肉飲料(東京都港区六本木)デリバリー専門プロテインスムージーショップ 筋肉飲料(東京都港区六本木)

神田タイレストラン はぎのや(東京都千代田区神田北乗物町)神田タイレストラン はぎのや(東京都千代田区神田北乗物町)

汁なし担々麺専門店 坦坦坦(東京都渋谷区道玄坂)汁なし担々麺専門店 坦坦坦(東京都渋谷区道玄坂)

交流カフェ リバタリアンズ(東京都豊島区南大塚)交流カフェ リバタリアンズ(東京都豊島区南大塚)

赤坂★京カフェ&バル Sakura Sakura(東京都港区赤坂)

アスリート担々麺 マーチャン(東京都町田市)

スパイス食堂 Yum-Yum(東京都文京区本郷)

冷麺 栄SAKAE(東京都港区赤坂)

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濃厚担々麵 銀座昊/はぐれ雲(東京都品川区西五反田)

ヤドカリ寿司 魚伸(東京都中央区日本橋蛎殻町)

デリバリー専門プロテインスムージーショップ 筋肉飲料(東京都港区六本木)

神田タイレストラン はぎのや(東京都千代田区神田北乗物町)

汁なし担々麺専門店 坦坦坦(東京都渋谷区道玄坂)

交流カフェ リバタリアンズ(東京都豊島区南大塚)

マッチングサイト「軒先レストラン」を利用して“間借り飲食店”を出店する人々。
出典:『SHARE RESTRAUNT』https://share-restaurant.jp
 
 外食産業では今、不幸な連鎖が後を絶たない。
 飲食店は参入障壁が低い業種である。店舗の内装や什器、賃貸契約に必要な費用などの初期投資が用意でき、保健所の営業許可が下りれば誰でも飲食店経営を始められる。
 調理経験を積んで独立する料理人、会社を引退した後にセカンドライフの場として退職金で飲食店を始めるシニア、趣味が高じて本業の他にカフェなどの経営に乗り出す人々。飲食店を持つことは、こういった人々にとって、かけがえのない夢なのである。
 だが、飲食店開業に初挑戦する人々は、飲食店の「経営」に関しては素人だ。マーケティング、メニュー構成、販売促進、アルバイト人材の確保と教育。飲食店経営には、そのすべてに周到なノウハウが必要なのである。
 飲食店経営にかかる費用も莫大だ。飲食店の出店には初期投資が数百万円から数千万円が必要だ。店舗の賃料や人件費、光熱費などの固定費も売上の大小に関わらず生じる。そして、閉店を決意した後でさえ、完全に閉店するまでの固定費に加え、店舗の解約違約金や原状回復費用、不用品の処分費用など多額の費用が生じるのである。これに投資回収できていない融資が借金として残る。
 株式会社吉野家ホールディングスでグループ企画室特命担当部長を務める武重準氏は飲食店経営の失敗の理由をこう語る。
 「飲食店の開業はとてもハードルが高い。初期投資に多額の費用がかかる割には成功確率がとても低いのです。その理由は、飲食店をやる人がノウハウを備えていない段階で出店をしてしまうことにあります」
 統計によると、1年以内で廃業する飲食店は34.5%に上る。投資回収もままならないうちに、3軒に1軒の飲食店が廃業しているのだ。つまり、スタートアップでの失敗が大きな割合を占めているのである。
 武重氏は、こういった外食産業の負の連鎖に一石を投じるべく、平成30(2018)年6月、飲食店の新たな経営スタイルである “間借り飲食店” のマッチングサイト「軒先レストラン」を立ち上げた。事業のパートナーは、未活用空間シェアのデジタルプラットフォーム「軒先ビジネス」「軒先パーキング」を運営する軒先株式会社である。
貸す側、借りる側の不利益を解消できる
間借り飲食店という新たな営業スタイル
料金プラン
軒先レストランを共同運営する軒先株式会社代表取締役の西浦明子氏(左)と
株式会社吉野家ホールディングスでグループ企画室特命担当部長を務める武重準氏(右)
 
 間借り飲食店とは、既存の飲食店の空き時間帯を借りて営業する経営スタイルだ。夜間営業のバーでランチタイムだけ開店するカレー店や、昼間にオープンするカフェの夜の時間帯でビストロやバーを間借り営業する飲食店などである。
 間借り飲食店は、財産を投じて飲食店を出店する前に、提供しようとするメニューや飲食スタイルが事業として成り立つのか、足らないものは何かを冷静に判断できる機会なのである。出店の準備期間は短く、初期投資も数万円程度と小さく抑えられ、撤退する際の費用もほとんどかからない。非常に低リスクで飲食店経営の経験が積めるのである。
 また、空間を提供する飲食店は、営業していない時間帯を貸して収益を得ることができ、重くのしかかる固定費の一部を営業せずに賄えるという利点がある。
 この着想を得た武重氏は吉野家ホールディングスの新規事業提案コンペでビジネスモデルを発表すべく、空間シェアサービスで唯一、B to Bのプラットフォームを持つ企業、軒先の門戸を叩いた。
 軒先の代表取締役、西浦明子氏は「軒先レストランは吉野家ホールディングスとの協業があって初めて実現した企画」だと語る。
 「弊社では活用されていない隙間空間を小規模事業者向けにマッチングするプラットフォームを平成20(2008)年から運営してきました。基本的に、飲食店のマッチングは扱ってこなかったのですが、要望はありました。しかし、飲食業は衛生面など非常に繊細な問題をはらんでいます。専門のコンサルタントの協力を得られなければ飲食店のマッチングの事業化は無理だと考えていました。ですから、武重さんからの協業の提案は弊社にとっても待ち望んだものだったのです」
 こうして平成29(2017)年11月の吉野家ホールディングスにおける新規事業コンペで武重氏の描いたビジネスモデルは高評価を得て、投資の決定が下される。平成30(2018)年4月から具体的な準備に取り掛かり、同年6月には間借り飲食店をマッチングするプラットフォームサイト「軒先レストラン」のオープンにこぎつけたのである。
 非常に幸運ななれ初めで生まれた軒先レストラン。しかし、間借り飲食店へのニーズはあったものの、他人の店舗を使わせてもらう間借り営業には様々な障壁が待ち受けていた。武重氏と西浦氏は、いかにしてその障壁を乗り越えていったのだろうか。
大手外食企業のノウハウをフル活用し
間借りで起こりうる問題を未然に防ぐ
【ファッションに関する時間についての悩み】
軒先レストランは飲食店オーナーと間借り飲食店の開業希望者をマッチングする。
 
 
 軒先レストランの利用希望者はまず、軒先レストランのウェブサイトでプロフィール情報の入力などユーザー登録を行う。飲食店を間貸ししたければ物件情報を登録する。飲食店を間借りしたい場合は、サイトで物件を選び、予約し、費用を支払うという手順を踏んでいくが、契約が成立する前に「内見」という項目がある。飲食店を貸す側と借りる側が飲食店の現場で実際に会うのだ。
 「店舗を間貸しする飲食店オーナーは開業希望者のプロフィールだけでは不安が払拭できません。いわば面接のようなものです。希望者に直接会って、店舗を貸せる人かを判断するのです。一方の開業希望者はサイトの写真だけでは判断できない部分を確認します。店舗の雰囲気はイメージに合うか? 飲食店の動線は自分の提供したいメニューと合っているか? 冷蔵庫で使わせてもらえる広さは十分か?、などですね」(武重氏)
 軒先レストランがスタートした当初、武重氏は内見のほぼすべてに立ち会ってきた。武重氏は飲食店オーナー、開業希望者にそれぞれチェックリストを渡し、内見で相手に確認すべき内容を事前に理解してもらっているという。
 間借り飲食店は、空間を提供する飲食店が保健所から得ている許可のもとで営業をする場合がほとんどだ。もし、食中毒など事故が起きた場合、責任は飲食店側となり、営業停止などの処罰を受けなければならない。
 軒先レストランでは、利用希望者に「食品衛生管理責任者」の資格を取得することを義務付けている。将来、自分で飲食店を持ちたいと考えているのであれば必要な資格であり、この義務付けこそが、軽い気持ちで「間借り飲食店をやってみたい」という利用者によってトラブルが生じるリスクを遠ざけている。
 衛生面をはじめ飲食店で生じるトラブルを未然に回避する仕組みづくりは外食業界のメガチェーンをシステムとして構築してきた吉野家ホールディングスの知見があってこそ実現したものと言えるだろう。
PL保険への加入を義務化し、
食中毒へのリスクに備える
料金プラン
軒先レストランのメリットは①出店費用を低コストで抑えられる②1カ月単位という短期間での出店が可能③PL保険を含む保証プログラムで安心運営の3つが挙げられる
 
 内見を経て、貸す飲食店、借りる利用者の双方が納得すれば、契約へと進んでいく。利用期間は1カ月(30日)単位である。軒先株式会社が提供してきた物販向けの空間シェアのマッチングでは1日単位からの利用が可能だったが、飲食店は営業しながらファンをつくるので1カ月という単位で設定をした。毎日営業する人もいれば、週に1回の営業という利用者もいる。業績が不振であれば、最短で1カ月での閉店が可能であり、損失を最小限に留められるのだ。
 利用者には契約時に保険への加入が義務付けられている。保険は4種類から構成する。まず、不動産保険。火災や破損など飲食店の建物所有者への補償だ。2つ目は動産保険。飲食店オーナーのためのもので、什器や家具、内装などの破損に備える保険である。3つめがPL保険。食中毒をはじめ飲食店の利用客に万が一の事故が起きた場合に備える。そして、4つめは間借り利用者が起こした食中毒が原因で貸出中の飲食店が営業停止になった際の営業補償の保険である。
 「弊社ではこれまでも空間のシェアリングでいち早く保険を導入してきました。食品の提供には食中毒のリスクが伴いますので、従来からキッチンカーなど食品を販売する利用者にはPL保険への加入を義務付けています。軒先レストランでは個人の利用者も多く、自身でPL保険に加入するのは煩雑です。そこで契約時には必ずPL保険を含む4種類の保険に加入してもらうことにしたのです」(西浦氏)
 もうひとつ任意ではあるが、防犯カメラの設置も問題の発生を未然に防ぐことに役立っている。飲食店が希望すれば、間借り利用者の費用負担で防犯カメラを設置するルールが設けられているのだ。これまで、マッチングが成立したすべてのケースで防犯カメラが利用されてきた。
 店舗にある調味料などの消耗品を使ってよいかの取り決めは、当事者同士の個別ルールに基づくが、物品の窃盗が起きないとは限らない。防犯カメラの存在が抑止効果を発揮していることは確かだ。これまで、窃盗などがトラブルになったケースは皆無だという。
個人や企業が目的に応じて
軒先レストランを活用
「軒先レストラン」で間借り飲食店向けに店舗を提供する約200件の物件情報
「軒先レストラン」で間借り飲食店向けに店舗を提供する約200件の物件情報を掲載。  
 
 平成30(2018)年6月にサイトをオープンした軒先レストランは、約1年が経過した2019年4月末現在で飲食店の登録件数が200件に上っている。
 「現在はSNSやSEO、口コミ、オウンドメディアの『SHARE RESTRAUNT』などで宣伝している程度で基本的に大きな費用はかけていませんので200件という登録店舗数は見込み通りの推移です」(西浦氏)
 これまでに契約件数ベースで約73件の間借り飲食店が誕生してきた。
 実施の利用動向はどうだろうか。まず、間借りを希望する利用者は以下に大きく分けられる。
間借り飲食店利用者種別
 一方、飲食店を貸し出す側は基本的には遊休時間のある飲食店である。バーや居酒屋、スナックなど夜の営業のみの店舗で、自前で昼間のランチ営業をするには人手が足らないケースだ。また、昼間の営業が中心のカフェや定食屋で夜の時間帯を貸し出している物件もある。
 軒先レストランのマッチング手数料は家賃の21.6%である。サイトに掲載されている家賃から前述の保険費用(1カ月5,000円)を差し引いた78.4%が飲食店の物件オーナーに振り込まれる。
 空間を提供する飲食店のなかには曜日を分けて複数の利用者と契約している店舗もある。それぞれの利用者は基本、1カ月分の料金を払うので複数の契約が取れれば、飲食店としては未活用空間の活用で大きな収入を確保できることになる。曜日限定によって家賃を下げるかはあくまで飲食店オーナーの判断に委ねられている。
 現在の登録飲食店は、1店から5店ほどの中小規模の飲食店がほとんど。一部、大手外食チェーンのフランチャイズ店の登録もあるがあくまで少数派である。だが、軒先レストランには大手飲食店チェーンからも引き合いが来ており、今後は大手チェーンの物件が大量登録される可能性もある。
間借りとの相性がよいのは
現場での調理が少ないメニュー
軒先レストランが運営するオウンドメディア『SHARE RESTRAUNT』。
軒先レストランが運営するオウンドメディア『SHARE RESTRAUNT』。間借り飲食店の事例が数多く紹介されている。
 
 軒先レストランでは、利用者の約半数が1カ月で契約を終了している。
 「軒先レストランを設けた狙い通り、『間借りで営業してみたいがまったくうまくいかなったので、メニューを考え直す』『技術が足らないのでもっと経験を積んでから再挑戦する』という方々が多くいます。そのほか、思い出づくりの方々や企業のマーケティングなども1カ月で終わるケースがほとんどです」(武重氏)
 残りの半数は2カ月以上続くケースだが、3カ月、半年と更新されてきたケースも数多くある。つまり間借り営業の飲食店が事業として成立しているケースだ。
 間借り飲食店と相性のよいメニューは、カレーやローストビーフといった1次調理を終えて店舗に持ち込み、キッチンでの調理を最小限に留められるものだ。カレーは温めてトッピングすればよいし、ローストビーフにいたっては切って盛り付けるだけである。例えばローストビーフ丼チェーンの「鬼ビーフ」は、自社の10店舗に加えて、16店舗の飲食店にローストビーフを卸す「コラボ店舗」を展開している。バーなどの昼間の時間帯のランチ営業である。また、オペレーションがコンパクトになる「専門店」であることも重要だ。
リーン・スタートアップの考え方で
間借りでの営業を経てから独立を
体験レポート
軒先レストランを利用し、居酒屋を間借りで寿司店を出店し(写真左・中)、その後、東京・神田に自身の鮨店を出店(写真右)したケースも誕生している。出典:『SHARE RESTRAUNT』 https://share-restaurant.jp
『「鮨職人の実践の場を作りたい」シェアレストラン出店事例』 https://share-restaurant.jp/chuoku-suiteng-uoshin-zirei-sushi/
『間借り寿司店経験後、神田に実店舗オープン!魚と日本酒のマリアージュが楽しめる「鮨と酒 魚伸」』 https://share-restaurant.jp/kanda-uoshin-interview-zirei/
 
 軒先レストランは今後、どのような方向に進んでいくのだろうか?
 ひとつは2年ほど前から話題になり始めたニューヨーク発の業態で、宅配のみの飲食サービスである「ゴーストレストラン」としての利用だ。日本でも「Uber Eats」「楽天デリバリー」などスマホアプリで気軽に宅配の食事を注文できるようになったことでゴーストレストランが増え始めている。
 
軒先レストラン利用者「ジム飯」
軒先レストラン利用者「スムージー」
軒先レストランの利用者でも、宅配のみでヘルシーな「ジム飯」(写真上)やスムージー(写真下)を提供する「ゴーストレストラン」の事例が誕生している。出典:『SHARE RESTRAUNT』https://share-restaurant.jp
『新鮮なプロテインスムージーがすぐ届く!インスタ映えする“飲むダンベル”「筋肉飲料(きんにくいんりょう)』 https://share-restaurant.jp/kinniku-inryou-roppongi-nokisakirestaurant-zirei/
『2019年にブレイク必至の「間借りゴーストレストラン」とは?』https://share-restaurant.jp/daikanyama-brostokyo-ghostrestaurant-interview-zirei/
 
 「ゴーストレストランと飲食店の間借りの相性はいいです」と武重氏は語る。「飲食店のキッチンを借りて、販売は宅配サービスに任せる。店舗の立地も影響しませんし、注文する側はメニューに魅力があればゴーストレストランかどうかは気にしませんからね」(武重氏)
 また、1階が飲食店、2階が住居といった昔ながらの飲食店舗も間借り飲食店との相性はよいと武重氏は指摘する。
 「昔ながらの飲食店では店主家族が2階で生活をしており、1階は生活動線にあります。店主が高齢になり閉店しても、完全なテナントとして貸すのは難しい。しかし、曜日や時間を限定して貸し出すのであれば負担は少ないし、よい収入源になるのではないでしょうか」(武重氏)
 現在、軒先レストランの9割が東京の物件である。今後は、地方にも展開していきたいという。
 「都会で暮らして、週末は郊外でレストランを開くといったライフスタイルも素敵ですね。地方では空き家が急増していますので、そういった物件も設備を整えて、用途変更ができれば軒先レストランへの登録は可能です。間借り飲食店が開店することでそこに地域の人々が集まり、コミュニティが生まれたら嬉しいです」(西浦氏)
 グルメサイト「食べログ」が掲載する飲食店は全国で約88万店に及ぶ。軒先レストランでは、その約1%にあたる1万店の登録を目指していきたいという。
 武重氏は、軒先レストランの展望をこう語る。
 「飲食業に携わる人々は他の業種よりも独立の志向が高く、また、初期資金さえあれば飲食店は開業できてしまいます。しかし、1年以内の廃業率は3割以上と非常に高い。だからこそ、間借りでスタートして、うまくいけば自分の飲食店を出店すればよいのではないでしょうか。ブランドを育て、ファンを獲得するまでは間借りで経営するのです。いわば、小さく生んで事業の可能性を検証する『リーン・スタートアップ』の考え方です。赤ん坊のままでいきなり社会に飛び出すのではなく、きちんと成長してから出る。今後はこの考え方が広まっていくでしょう。軒先レストランの利用が飲食店の起業におけるひとつの階段となる可能性は十分にあります」(武重氏)
軒先レストランの第1号店は
銀座クラブの「伝説のタイカレー」
「カリガリ 間借りカレー・新宿店」
JR新宿駅南口広場前の「カリガリ 間借りカレー・新宿店」。夜間営業のバーでランチタイムのみオープンする。
 
 軒先レストランが平成30(2018)年6月にスタートした際に、その第1号店として営業を開始したのが、「カリガリ 間借りカレー・新宿店」である。
 東京・秋葉原に本店を構えるカレー店、カリガリは令和元(2019)年5月末現在、3店舗の間借りカレー店(新宿、飯田橋、神田)と宅配中心のゴーストレストラン(新宿歌舞伎町)1店舗を展開している。このうち新宿店と飯田橋店が軒先レストランのプラットフォームを利用する間借りカレー店だ。
 カリガリのオーナーである二木博氏は、2000年代初頭に音楽活動をする傍ら、銀座の老舗ナイトクラブで働いた時期があった。クラブなので本格的な料理は必要ないが、ちょっと気の利いたメニューが必要だ。調理を担当していた二木氏は濃厚な味わいのタイカレーを考案。ナイトクラブでありながら二木氏のカレーを目指して来店する客が現れるほどの人気メニューとなった。
 平成17(2005)年には渋谷に8席のカレー店「カリガリ」を出店。二木氏はその後の10年間で、田町や丸の内などに複数の店舗を出店したが、撤退を余儀なくされてきた。現在の秋葉原の店舗を開業したのは平成27(2015)年である。10年にわたる飲食業の経験が軒先レストランの立ち上げ参加への動機となった。
 「飲食店は新規開店に費用がかかりすぎます。丸ビルに3坪ほどのテイクアウト専用の店舗を出店した時には契約金など合わせ2,000万円ほど必要でした。投資回収にも時間がかかるのに、10年生き延びられる飲食店は全体の1割。新規店舗の開発はノウハウのあるプロの会社でないと難しいと思います」(二木氏)
看板制作などわずか15万円で
間借りカレー店の開業を実現
カリガリのオーナー、二木博氏(写真左)と看板メニューの「アキバ盛りカレー2」(写真右)。
カリガリのオーナー、二木博氏(写真左)と看板メニューの「アキバ盛りカレー2」(写真右)。
 
 平成29(2017)年、二木氏は共通の知人を通じて、吉野家ホールディングスの武重氏と出会った。間借りカレーに関心を抱いていた武重氏との間で、「はなまるうどん」との協業の案も出たが実現には至らなかった。その後、間借り飲食店そのものに関心が移った武重氏が、軒先との共同事業によって「軒先レストラン」を構築していることを知ると、二木氏はその1号店となることに名乗りを上げた。
 「軒先レストランは間借りによる飲食店出店の課題をクリアしています。きちんとした仲介が行われ、保険も整っています。物件が選べる間借りだからこそ、きちんと実績がある飲食店を選べますし、1カ月単位の契約だからうまくいかなくてもすぐに撤退できます。空間を貸す飲食店もリスクが低く、空き時間の賃料収入で固定費の補填ができます。間借りする飲食店にお客さんが来てくれれば、貸している店舗の宣伝にもなる。軒先レストランは、貸す側、借りる側のどちらにとってもメリットのあるプラットフォームだと思いました」
 かねてから「飲食店の起業に挑戦する人々が不幸にならない世界にしたい」ことを望んできた二木氏にとって、軒先レストランのビジネスモデルは、まさにそれを具現化するシステムに思えたのである。
 平成30(2018)年6月、軒先レストランの第1号店として、「カリガリ 間借りカレー・新宿店」がオープン。店舗はJR新宿駅南口広場の目の前にある地下1階のバーである。開店費用は看板のデザインや制作費などの15万円のみだった。 
不利な立地でも営業できる
ゴーストレストラン
宅配中心のゴーストレストラン「カリガリカレーよじげん店デリ&テイクアウト」のウェブサイト(写真左)。
twitterでは情報発信しながら、UberEats、Picks、POTLUCK、TABETEなどの宅配サービスで注文を受ける。 https://4jigen.space/cafe/
 
 カリガリでは、15年間にわたる店舗経営、飲食イベントへの企画協力、レトルト商品の開発などの実績から、カレーのルーを協力工場のセントラルキッチンで調理する体制を整えている。キッチンから納品されるカレールーを秋葉原の本店で仕上げ、各店舗に届けるというフローを確立した。
 間借りする3店舗では、スタッフ1名のワンオペレーションでランチタイムに営業する。スタッフは来店客からカレーの代金を受け取って番号札を渡すと、プレートに料理を盛り付ける。番号を呼ばれた客はカレーを受け取りに行き、食事後には食器をカウンターまで戻すセルフサービスだ。現状では固定費を賄うことを考慮すると、ワンオペレーションの体制を守ることが基本だと二木氏は語る。
 ちなみに新宿店で提供する看板メニュー「アキバ盛りカレー2」の価格は1,000円。秋葉原の本店では1,300円だが家賃など固定費が低いことを考慮に入れ、安く提供している。利用客にとってもメリットを出しているのだ。
 また、宅配中心のゴーストレストラン「カリガリカレーよじげん店デリ&テイクアウト」は新宿歌舞伎町にある雑居ビルの4階にある会員制のバーである。エレベーターがないので、店舗として営業するには厳しいが、宅配であればまったく問題がない。そのバーのオーナー自らが宅配向けのカレーを販売しており、カリガリではカレールーとレシピを提供する。こういったスタイルが軌道に乗れば、スナックなど昼の活用が困難な店舗でも空き時間で追加収益を生み出すことが可能になるという。
 「カレーはランチ需要の高いメニューですので、昼のみ店舗を借りて営業するスタイルは合っています。また、調理済みのルーを持ち込んで最終調整すればよいだけなので機動力もあります。最小限の手間で商売ができます」(二木氏)
「全方位よし」のシステムを
間借りによって実現したい
カリガリではアイドルや役者を志す若いアルバイトが多く働く(秋葉原本店、写真左)。間借りする飯田橋店と神田店では話題のスパイスカレーを提供(写真右)。
カリガリではアイドルや役者を志す若いアルバイトが多く働く(秋葉原本店、写真左)。
間借りする飯田橋店と神田店では話題のスパイスカレーを提供(写真右)。
 
 カリガリでは、アイドルや役者などを志す若者のアルバイトが多い。二木氏はアルバイトがシフトに入っている時間帯に一定以上の売上があった場合、追加報酬を支給している。つまり、アルバイトの努力で集客や接客がアップすれば、インセンティブを支払う仕組みだ。今後は、子育て中の主婦にもカリガリのシステムを活用し、限られた時間のなかで収益を挙げてほしいと考えている。
 令和元(2019)年7月には、軒先レストランとも協力しながら、全国の名店のカレーや話題の間借りカレーが食べられるイベント「全国カレーコレクション2019」も開催し、勢いを増し始めたカレーのムーブメントを盛り上げていく。
 今後、二木氏は、カリガリの店舗を間借り飲食店によって拡大していく考えだ。
 「銀座の老舗クラブの味を世に広めたいというのがカレー店を出店したきっかけですから、間借り飲食店によって僕のカレーが全国に広がり、一人でも多くの方にカリガリのカレーを食べてもらえれば幸せです。そして、このカレーというソフトを使って、誰かの商売がうまくいくのならそれも幸せなことです」
 カリガリの二木氏は、軒先レストランという飲食業の新たな仕組みを活用しながら、間借りする飲食店オーナー、来店客、店舗スタッフ、そして二木氏自身までもが幸福な「全方位よし」の飲食業経営の確立を目指しているのである。
ITによる未活用空間のシェアが
リアル空間ビジネスの新たな起業を生む
 厳しい経営環境のなかで、出店しても廃業に追い込まれる飲食店が後を絶たない外食産業。スタートアップの個人起業家やベンチャー企業が飲食店の経営ノウハウを実地で学ぶには、多額の投資をして店舗経営の経験を積むしかないと思われていた。その状況を打破するべく、軒先レストランは間借り飲食店という新たな起業スタイルのあり方を提案した。そして、ITによるマッチングと飲食店経営に関する知見を融合させ、間借り飲食店ビジネスのプラットフォームを実現したのだ。
 この画期的なイノベーションは、飲食業以外のリアル空間ビジネスにおけるスタートアップでの課題解決にも活用できる可能性がある。未活用空間をITによって掘り起こし、多くの人々が利用できるプラットフォームづくりが推進されていくことによって、リアル空間ビジネスの幅広い分野で新たな起業のスタイルが生まれていくことに今後も注目していきたい。(了)
<Data>
名称:軒先レストラン
業種:間借り飲食店スペースシェアサービス
サービス開始:平成30(2018)年6月
登録店舗数:約200軒(平成31(2019)年4月末現在)
ウェブサイト:https://business.nokisaki.com/cp/restaurant

事業主体:株式会社吉野家ホールディングス
本社所在地:〒103-0015 東京都中央区日本橋箱崎町36番2号 Daiwaリバーゲート18F
創業:明治32(1899)年
会社設立:昭和33(1958)年12月27日
資本金:102億6,500万円
代表者:代表取締役社長 河村泰貴
事業内容:国内吉野家事業、海外吉野家事業、京樽事業、どん事業、はなまる事業、他事業
ウェブサイト:https://www.yoshinoya-holdings.com

事業主体:軒先株式会社
本社所在地:〒100-0004 東京都千代田区大手町2-6-1 朝日生命大手町ビル 3F
創業:平成20(2008)年4月8日
会社設立:平成21(2009)年4月23日
資本金:2億1,329万515円
代表者:代表取締役 西浦明子
事業内容:1日からお店が開けるスペースの検索・予約サイト『軒先ビジネス』の運営/
                      社会問題を解決するシェア型パーキングサービス『軒先パーキング』の運営/保険代理事業
ウェブサイト:https://www.nokisaki.com

※データは令和元(2019)年7月25日現在

記事中の情報、数値、データは調査時点のものです。
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