編著:にぎわい空間研究所編集委員会
GAFA、SNS、フリーミリアム
ICTの進展が引き起こした大変革
2000年代に入り、デジタル技術とICTの進展と普及によって、ライフスタイルやビジネスに劇的な変化をもたらすデジタルサービスが次々と登場してきた。
その筆頭がGAFAである。Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字を取ったもので、共通するのはデジタルプラットフォーマーであること。検索エンジン、アプリストア、ソーシャルメディア、eコマースなどで支配的な存在であり、世界中の顧客情報を集積・分析することで新たなビジネスを次々と生み出している。
メディアも変化した。Facebook、Twitter、InstagramといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の登場と爆発的なユーザーの増加により、個人の発信する情報を世界のユーザーに拡散できるようになった。企業もユーザーの獲得やコミュニケーション、マーケティングなどにSNSを活用することが必須となっている。
ICTの進展はビジネスにおける新たな収益構造も創出した。スマートフォンアプリなどのサービスを無料で提供し、膨大な数のユーザーを獲得したうえで、付加価値の高い有償サービスによって収益を得る。フリーミアムと呼ばれる課金方法は、大量の複製が低コストで可能なデジタルコンテンツだから実現したものである。
ICTの進展がもたらすビジネスモデルが
サイバー領域からリアル領域へと波及
こうした大変革はインターネット上のサイバー領域で実現してきたものだが、その波は今、リアル領域にも波及し、我々のライフスタイルやビジネスでも新たな価値をもたらし始めている。
その一例がスマートフォンのフリマアプリである。メルカリやラクマといったプラットフォーマーは、インターネット上にフリーマーケットを創出した。 従来は困難だった個人間(CtoC)の物品売買を気軽に行える環境を提供したことで、その利用は飛躍的に増加。平成30(2018)年のフリマアプリの市場規模は6,392億円に上った。6,000億円を超える巨大市場を平成24(2012)年のサービス開始からのわずか6年間で形成したのだ。
リアル空間の活用の分野でも新たなビジネスモデルが生まれている。軒先ビジネスやスペースマーケットといったプラットフォーマーは、個人や小規模事業者が所有する未活用空間のシェアリングを可能した。既存の不動産事業者が取り扱わないような店舗前の狭小スペースや飲食店の空き時間、空きビルや個人住宅の一室などの短期利用ができるようになったのだ。
空間活用の広がりは、人々のライフスタイルやビジネスに新たな価値をもたらした。個人宅を借りてのホームパーティ、空き店舗でのポップアップストア出店や間借り飲食店の開業、古民家での会議など、利用者が主体となって従来は考えられなかった空間の利用方法が次々と生まれているのだ。
そして、未活用空間の供給者には賃料収入をもたらすとともに、場のにぎわいという副産物も生む。まさにWin-Winのマッチングビジネスが成立しているのである。
こういった事例からもわかる通り、ICTの進展はビジネスにおいて多様な取引関係を構築している。従来のICTを活用するサービスではネット広告やeコマースのように、企業間の取引(BtoB)や企業と消費者間の取引(BtoC)に限られていたが、ICTの進展によるデジタルプラットフォーマーの出現はモノや情報の流通を通じて、消費者から企業への取引(CtoB)や消費者間の取引(CtoC)をも可能としたのである。
インターネットの普及と高速化、スマートフォンの普及、デジタル技術の進化は既存の産業にも新たな価値をもたらしているのである。その現象こそが、今回の本題である「X-Tech」なのである。
テクノロジーを活用したソリューションで
新しい価値や仕組みを生み出すX-Tech
ICT主導によって産業のあり方を新たなかたちへと導く現象はあらゆる業種で起き始めている。産業がテック化する現象は、「産業×Technology」として表現され、「X-Tech(「クロステック」もしくは「エックステック」)と総称されている。総務省発表の『平成30年版情報通信白書』では、X-Techを「産業や業種を超えて、テクノジーを活用したソリューションを提供することで、新しい価値や仕組みを提供する動き」と定義づけている。
産業のテック化と言えば筆頭に挙げられるのが、金融のテック化「FinTech(フィンテック)」である。最近急速に普及するキャッシュレス決済などの技術はもとより、ブロックチェーンのような新技術も登場している。
ブロックチェーンは金融取引などの記録をコンピューターのネットワーク上で管理する技術の一つ。インターネット上の複数のコンピューターで取引記録を互いに共有し、検証し合いながら正しい記録を鎖(チェーン)のようにつないで蓄積する仕組みだ。ブロックチェーンは取引の記録を集中管理する大規模なコンピューターを不要とするとともに、この技術を応用する仮想通貨の利用が一般化すれば銀行の預金や為替の業務に取って代わる可能性もあるのだ。
前出の情報通信白書ではFinTech以外にも、様々な業種でX-Techが進行していることを紹介している。
上図からも分かる通り、X-Techは幅広い業種で進行している。他にもEdTech(教育)、CleanTech(環境)、GovTech(政治)、LeagalTech(法律)といったテック化もあり、今後、さらに多くの業種に拡大していくと思われる。
X-Techに見られるテクノロジー主導の変革は今後、急速に進展し、産業のあり方そのものを変化させていくと予測される。業務のデジタル化はまず、情報の見える化や共有化を加速する。さらにテック化が進めば、IoTによって様々な経済活動や顧客の行動をビッグデータ化し、既存のデータを掛け合わせながら、AIによって複雑な判断を下せるようになる。
こういったデジタルイノベーションが実現すれば、既存の産業構造を支えてきた商習慣が別の方法に置き換わり、存在価値を失う可能性もある。従来型の企業は変革に迫られるとともに、異業種からプレーヤーが新規参入し、デジタル化によって、新たなビジネスモデルやサービスが創出されていくと考えられているのである。
今後、あらゆる業界でテック化はビジネスに欠くことのできない要件になっていく。そして、個々の企業での取り組みはもちろんだが、互換性のあるデータベースを構築するなど業界を挙げてのテック化への対応も重要である。では、何から取り組むべきなのだろうか。最新のトレンドであるテック化への対応にはモデルとなる業界の事例がほとんどないのが実情だ。
そのような状況で、今、まさにテック化に向けて取り組み始めた業種に「不動産テック」(※)がある。本レポートでは不動産テック業界の取り組みのプロセスからリアル空間産業のテック化の未来を描くヒントを探っていく。
※「ReTech」や「PropTech」という呼称もあるが、本レポートでは日本国内で一般的な呼称となっている「不動産テック」を採用する。
カオスマップの作成によって
不動産テックの領域とプレーヤーを可視化
テクノロジーによって不動産業に新たな価値を生み出していく不動産テック。この新たな領域の可視化は「カオスマップ」の作成から始まった。カオスマップとは、ある業界にどのような領域とプレーヤーが存在しているかを一覧できる業界地図のことである。
不動産ビジネスは開発、施工、売買、賃貸、運営管理、仲介など多種多様な領域が存在する。事業者の規模も大手不動産デベロッパーから街の個人不動産事業者まで幅広い。そして、その一つひとつの領域や対象に連動しながら不動産テックのサービスが生まれているのだ。こういった複雑な不動産テック業界を可視化するためにカオスマップが作成されたのである。
不動産カオスマップ第1版の発行は平成29(2017)年6月1日。後に不動産テック協会の中心的な役割を担うリマールエステート株式会社、株式会社QUANTUM、川戸温志氏(株式会社NTTデータ経営研究所)の3者が作成にあたった。
以後、改訂が重ねられ、現在までに第4版まで作成されている。なお名称に関しては、第1版と第2版は「REAL ESTATE techカオスマップ」とされ、第3版以降は「不動産テックカオスマップ」となった。
不動産テックカオスマップは、版を重ねるごとに掲載するサービス数が増えてきた。第2版から第3版で約2倍に、最新の第4版では、第3版から約1.5倍の掲載数である263となった。
掲載のカテゴリーは12である。ほぼすべてのカテゴリーで増加傾向にある。なお、第4版発表にあたり、不動産テック協会では不動産テックカオスマップの掲載要件を明らかにするとともに、12のカテゴリーについても定義を設けた。
不動産カオスマップの掲載カテゴリーと掲載サービスの推移および、各カテゴリーの定義
カオスマップへの掲載は、基本的に独自判断で行っている。それゆえ、掲載を望まない企業もあり、また掲載をしてほしいと依頼されるケースもある。現在、カオスマップの作成を担っている不動産テック協会では窓口を設けて、こういった要望に応じながら、新たなカオスマップ作成の準備を進めているのだ。
プレーヤー同士の連携によって
新たな製品やサービスが生まれる
業界のプレーヤーを可視化した不動産テックカオスマップには、もう一つの役割があると不動産テック協会の代表理事を務める武井浩三氏は語る。
「不動産テック業界を可視化することによって、協業関係づくりのベースを作ります。それぞれの企業が持つデータが組み合わさったとき、新たな価値が生まれます。このカオスマップをきっかけに、不動産テックの新たな製品やサービスが生まれていくことを促進していきたいと考えています」
すでに賃貸住宅の入居者アプリとスマートロックの企業が商品を共同開発するなど具体的な連携が生まれ始めている。
不動産業のテック化の必要性を感じていた有志によって作成が続けられてきた不動産テックカオスマップは、これまで埋もれてきた不動産テックの領域とプレーヤーを可視化するとともに、プレーヤー同士が連携し、新たなサービスを生み出す素地を作った。
そして、このカオスマップは不動産テックという新興の業界が存在することを世に示した。発表後、省庁からも問い合わせが寄せられるようになった。不動産業を主管する省庁も不動産テックの重要性は認識していたが、問い合わせるべき適切な窓口、つまり業界団体が存在していなかったのだ。そして、こういったニーズの顕在化が業界団体設立へとつながっていく。
幅広い領域のプレーヤーが参画し、
不動産テック協会を設立
平成30(2018)年7月、一般社団法人不動産テック協会が設立された。設立の目的として、不動産とテクノロジーの融合を図りながら、不動産業の健全な発展を促進していくことが掲げられた。幅広い分野の不動産テック企業の代表者たちによって理事を構成するとともに、顧問には不動産や情報通信の大手企業のキーパーソンや大学教授が名を連ねた。
令和元(2019)年7月末現在、会員は約82社。会員は大きく不動産事業者と不動産テック事業者から成る。協会では、不動産テックに関する民間の取り組みや国の発表などをいち早く研究し、不動産事業者に提供していく。一方で、不動産テック事業者に対して、通常のビジネスシーンではクライアントとなる不動産事業者と協会員という共通の立場で交流する場を設け、不動産事業者が何を求めているかを共有する機会を提供するのである。
不動産テック協会では、5つの部会を設け、それぞれが高い専門性を持ちながら、取り組むべき課題を抽出し、実際のアクションを起こしている。すでに、主管省庁である国土交通省の事業に参画するとともに、不動産関連の法案にパブリックコメントを提出するなど、具体的な行動に着手しているのだ。
レポートの後半では、不動産テック協会の代表理事、武井氏のインタビューを紹介する。