「にぎわい空間研究所」は、リアル空間にしかできない新しいビジネス価値の在り方を研究します

研究レポート

テック化がもたらすリアル空間ビジネスの未来

ICTの浸透と挑戦的提案の実行が社会に変革をもたらす
〜不動産分野に登場する革新的な空間活用ビジネスとは〜

2019.11.20 facebook

編著:にぎわい空間研究所編集委員会
社会全体がICTに合わせて変革され、
これまでにない新たな価値が創出される
 買い物は自宅にいながらにしてAmazonで調達し、不用品はメルカリに出品する。仕事場はその日によってロケーションが異なるWeWorkを選び、帰宅後はNetflixで好きな時に好きな映像作品を観る。移動手段はUberでまかない、旅先ではAirbnbで個人宅をシェアする。
 ICTの進展とともに生まれたデジタルプラットフォーマーが生み出した革新的サービスは人々の暮らしを大きく変えようとしている。
 この変化を引き起こしているのが、「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation :DX)である。その提唱者、スウェーデンのエリック・ストルターマン教授はDXが「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と提唱した。我々は今まさに、テック化によって斬新なビジネスモデルが続々と登場し、人々の生活スタイルが大きく塗り変えられていくという、企業・社会の新たな価値創造と持続的発展をもたらす“DXの時代”に突入しているのだ。
 DXが進行する背景には「モバイル」「ソーシャル」「クラウド」「ビッグデータ解析」「AI」といったテクノロジーの基盤が整備されたことがある。人々はスマートフォンを片時も離さずに持ち歩き、SNSによって情報発信と取得を行い、どこからでもクラウドストレージにアクセスできるようになった。そして、AIによってビッグデータを解析することで、ユーザーの動向をより詳細に把握し、より的確に予測することが可能になったのである。
出典:IDC Japan, Directions 2017 Tokyo
YAHOO!Japan マーケティングソリューション『【解説】デジタルとランスフォーメション』
https://d-marketing.yahoo.co.jp/entry/20171108477965.html
  総務省発表の『我が国のICTの現状に関する調査研究』によると、DXは次の段階を踏みながら進展していくとしている(※1)。
第1段階:ICTの導入・利用によって既存の仕組みを効率化または高度化する
第2段階:既存の仕組みがICTに置き換えられる
第3段階:ICTがビジネス、制度、組織など社会全体に浸透し、また、それらもICTに合わせて変革されることで、これまでにないビジネスモデルの創出やより安全な社会の実現など社会全体で新たな価値が創出される
  例えば、シェアリングサービスである。AirbnbやUberはICTを駆使したデジタルプラットフォームによって個人が所有する住宅や自動車を第三者と共有することを可能とした。そのサービスが爆発的に普及することによって社会の価値観が「所有から共有へ」移行し、宿泊や移動の分野における産業構造を大きく変化させているのである。
  このように、既存のサービスにツールとしてのICTを導入するだけでなく、ICTの活用を最大化するためにビジネスモデルや企業経営を変革し、顧客に新しい価値を提供することがDXなのである。
  総務省発表の『平成30年情報通信白書』では、DXの進展によって現実世界とサーバー空間がシームレスにつながり、特定の分野や組織内で部分的に最適化されていたシステムや制度が、社会全体にとって最適なものへと変貌すると予想されるとしている。(※2)。
 
デジタルトランスフォーメーション
出典:総務省『平成30年版 情報通信白書』「第1部 特集 人口減少時代のICTによる持続的成長 2データ主導社会へ (2)デジタルトランスフォーメーション」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd102200.html
 
 これまで個々に分断されていた顧客へのサービスをICTによってつなげることで、従来にない新しい価値が創造されていくのである。こうしたDXの取り組みが始まった産業のひとつに不動産業がある。その取り組みの中核こそが“不動産業のテック化”を企図する「不動産テック」のムーブメントである。
 
※1 総務省『平成30年版 情報通信白書』「付注1 我が国のICTの現状に関する調査研究」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/ne210000.html
※2 総務省『平成30年版 情報通信白書』「第1部 特集 人口減少時代のICTによる持続的成長 2データ主導社会へ (2)デジタルトランスフォーメーション」
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd102200.html

不動産業の課題解決に向け
日々増加するテックサービス
 不動産業界では今、ICTを活用した不動産テック(不動産業×ICT)のサービスが次々と生まれている。その領域は、事業者のマッチング、不動産のインターネット査定、VR物件体験、クラウドファンディング、管理や営業の業務支援など多岐に渡る。
 不動産仲介は一般的に人の手によって行われており、その業務は煩雑なものである。不動産を「借りたい・買いたい」「貸したい・売りたい」といった情報は、不動産仲介業者のもとに集中するが、そのフォーマットがバラバラのため、物件情報の検索や条件の調整、情報管理をシステム化するのは難しいとされてきた。不動産業界のテック化への期待は、まず「手間の削減」にあるのだ。
 また、不動産業界では、情報の集中による取引内容の不透明性も指摘されてきた。インターネットを基盤とするテックサービスの登場によって、物件の情報を効率よく検索できるようになり、さらには不動産の売り手と買い手が直接つながれるようになった。不動産テックによって情報の透明性が高まることで、不安が払拭され、不動産の流通が活性化されていくことも期待されている。
 不動産テックという新しい領域を顕在化させ、業界としての存在感を示すために設立された団体に一般社団法人不動産テック協会がある。
 
不動産テック協会の設立記念イベントの様子。
出典:スマーブ「【レポート】不動産テック協会に40社以上が入会申込。一般社団法人設立記念イベント」(2018年12月3日配信)
https://www.sumave.com/20181203_7751/
 
 巨大な市場規模があり、既存の商習慣が根強い不動産業界でその存在を顕在化するために、不動産テック業界のコアメンバーは平成30(2018)年7月の団体設立以前より「不動産テックカオスマップ」を作成し、その存在をアピールしてきた。カオスマップとは、ある業界のカテゴリーとサービスを俯瞰できる業界地図のことである。
 平成28(2016)年6月に同協会の設立メンバーで第1版を公表。改訂が続けられ、令和元(2019)年8月には最新の第5版が公表された。
 
出典:一般社団法人不動産テック協会ホームページ
https://retechjapan.org/retech-map/
 
 掲載サービス数は305件。2018年11月発表の第4版から42件が増加した(増加62件、削除20件)。
 カオスマップでは12のカテゴリーにサービスが分類されている。①VR・AR ②IoT ③スペースシェアリング ④リフォーム・リノベーション ⑤不動産情報 ⑥仲介業務支援 ⑦管理業務支援 ⑧ローン・保証 ⑨クラウドファンディング ⑩価格可視化・査定 ⑪マッチング ⑫物件情報・メディア
 では、これら不動産テックのサービスのうち、人々のライフスタイルを一変させるデジタルトランスフォーションを期待させるサービスにはどのようなものがあるのか? にぎわい空間研究所では、不動産テックカオスマップに掲載されるサービスのうち、次の4つの先端事例に注目した。
 
①OYO LIFE
スマホひとつで賃貸住宅の物件探しから契約までを完結
 令和元(2019)年3月から開始された不動産賃貸サービス「OYO LIFE(オヨ ライフ)」は、国内最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」を運営するヤフー株式会社と世界2位の客室数を誇るインド発のホテルチェーンを運営するOYOの合弁会社によるものだ。
 その特徴は、スマートフォンひとつでホテルを予約するように1カ月単位で部屋を借りられること。物件探し、契約、退去・転居までインターネットを通じて一気通貫で手続きが完結できる。手続きには保証人が不要で、最速30分で完了する。
 
提供:OYO TECHNOLOGY&HOSPITALITY JAPAN KK
 
 家具家電付きの部屋を豊富に揃え(※)、全物件にWi-Fi設備があらかじめ備え付けられている。敷金、礼金、保証料などの初期費用は無料。水道光熱費やネットの開設の手続きも不要だ。家賃の支払いはクレジット決済。さらに入居者には「OYO PASSPORT(オヨパスポート)」の家事代行やカーシェアリング、動画配信など提携する50種類以上のサブスクリプション・サービスが入居後1カ月無料または割引価格で利用可能となる。
 OYO LIFEのサービスは、住宅を賃貸する際の不便を解消することに徹している。通常、部屋を借りる時は、不動産会社に問い合わせ、直接出向いて物件を内見し、保証人付きの書面契約書を対面で交わさなければならない。敷金・礼金など初期費用には最低でも数十万円は必要だ。引っ越しすると家具や家電を買え揃え、電気やガス、水道を開設しなければならない。家賃の支払いはポイントが付かない銀行引き落としである。そういった不動産賃貸の不便を一切排除したのがOYO LIFEなのだ。
 
OYO LIFEのウェブサイトでは物件を写真入りで紹介。部屋の写真を多く掲載しているので、利用者は内見をせずに契約をしている。
出典:OYO LIFE ウェブサイトhttps://www.oyolife.co.jp
 
 人口減少が始まっている日本では今後、賃貸住宅が供給過剰になるのは明らかだ。その際に選ばれるのは利用者に徹底的に寄り添ったサービスだとOYO LIFEは考える。賃貸不動産の新しいかたちをテクノロジーによって結実するOYO LIFE。従来の賃貸における制約から解放された時、人々は新たな行動、新たなライフスタイルを見出していくはずである。
 
※:OYO LIFEでは家具家電なしの物件もある。令和元(2019)年10月21日に「家具家電」の付帯をニーズに合わせて選択可能なオプションサービスの提供を開始した。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000026.000041664.html
 
②軒先レストラン
飲食店の新たな起業スタイル “間借り飲食店”をマッチング
 平成30(2018)年6月、“間借り飲食店”のマッチングサイト「軒先レストラン」がスタートした。このサイトは外食大手の吉野家ホールディングスと空間シェアビジネスの軒先による共同事業だ。
 間借り飲食店とは、既存飲食店の空き時間に店舗を借りて、飲食サービスを提供する新たな飲食店モデルである。夜間に開店するバーや居酒屋の昼の時間帯にランチ営業をするカレー店やラーメン店、昼間に営業するカフェや定食店の夜の時間帯に営業するビストロやバーなどがある。
 外食産業では、個人が数百万から数千万円の融資を受けて出店し、経営が軌道に乗らず、廃業に追い込まれて借金だけが残るという不幸な事例が後を絶たない。軒先レストランは、飲食店の開業を志す外食起業家が、数万円程度の低投資で間借り飲食店を出店し、開業リスクを最小限に抑えて飲食業の経験を積むことを可能とした。巨費を投じて一か八かの出店をする前に、自らが描く理想の飲食店コンセプトを軽微な費用でテストしてみることができるようになったのである。まさに飲食店の新たな起業スタイルが登場したのだ。
 
出典:軒先レストラン ウェブサイト
https://business.nokisaki.com/cp/restaurant
 
 軒先レストランは、従来は個人間の信頼関係において細々と行われてきた間借り飲食店のマッチングをシステムとして確立した。ネット上での物件管理と検索機能、スマートロックや監視カメラによるセキュリティの強化など、そのサービスの背景には様々なICTが活用されている。
 令和元(2019)年10月末現在、軒先レストランには300件の飲食店が登録されている。この仕組みを利用し、多様な業態の間借り飲食店が誕生している。軒先レストランでは将来的には1万店規模のプラットフォームを目指していく。
軒先レストランを利用し、居酒屋を間借りで寿司店を出店し(写真左・中)、その後、東京・神田に自身の鮨店を出店(写真右)したケースも誕生している。
出典:『SHARE RESTRAUNT』https://share-restaurant.jp
『「鮨職人の実践の場を作りたい」シェアレストラン出店事例』例』
https://share-restaurant.jp/chuoku-suiteng-uoshin-zirei-sushi/
『間借り寿司店経験後、神田に実店舗オープン!魚と日本酒のマリアージュが楽しめる「鮨と酒 魚伸」』
https://share-restaurant.jp/kanda-uoshin-interview-zirei/
 
 間借り飲食店という外食産業の起業における救世主ともいうべき起業モデルをテックの力で実現した軒先レストラン。その広がりとともに、飲食店起業のあり方も変わっていくのである。
 
③スペースマーケット
未活用空間のCtoC取引を実現したプラットフォーム
 個人と個人が不動産会社などの事業者を介さずに空間の貸し借りを直接行う。かつては考えられなかった個人所有の空間シェアリングを普及させているのが、「スペースマーケット」である。同サービスは場所を借りたい個人と未活用空間を貸したい個人とをマッチングするウェブプラットフォームを提供している。
 スペースマーケットがマッチングする空間は、パーティや撮影、会議、イベント、民泊、間借り飲食店など様々な目的に利用されている。空間活用の発想は広がり、戸建て住宅でのハロウィンパーティ、古民家でのコスプレ撮影、お寺での企業の会議、球場での株主総会などかつてない空間利用が実現している。驚くことに、最近は自分が生活する部屋を会社に出勤している時間帯に貸し出すホストも現れている。
 
スペースマーケットの仕組み(左)と活用事例(中央、右)
出典:にぎわい空間研究所『研究レポート「スペースマーケット」遊休空間を発掘し、潜在ニーズを掘り起こす 〜個人間で未活用空間を有料シェアできる仕組みを確立〜』
https://www.nigiwaikuukan-lab.com/research_data.php?SrchWrd=スペース&x=138&y=25&keyno=21&rsno=23
 
 一方、プラットフォームであるスペースマーケットでも、お城や球場、島など普通は個人では借りることなど想像しない空間の登録を実現し、話題をつくり、利用者を急速に拡大している。自治体とも連携協定を締結し、公共施設をスペースマーケットに掲載することで、利用促進と交流づくりに寄与している。
 スペースマーケットが普及している要因はワンストップで手続きを行えることにある。物件の検索、物件ホストとのコミュニケーション、予約、そしてクレジットカードによる支払いまで、手続きはスマホアプリで完結できる。同社ではエンジニアを多数置きながら、インターフェイスの向上に日々努めている。
 
スペースマーケットでは借りることなど想像できないスペースの登録を実現し、話題性を高めながら認知度を向上させていった。
出典:にぎわい空間研究所『研究レポート「スペースマーケット」遊休空間を発掘し、潜在ニーズを掘り起こす 〜個人間で未活用空間を有料シェアできる仕組みを確立〜』
https://www.nigiwaikuukan-lab.com/research_data.php?SrchWrd=スペース&x=138&y=25&keyno=21&rsno=23
 
 テクノロジーが実現したCtoCのマッチングサイトが普及し、利用者の豊かな発想が新たな使い方を生み出すことで、未活用空間の活用の掘り起こしは一層拍車がかかっていくことだろう。
 
④不動産投資型クラウドファンディング
不動産開発・運用の資金を個人投資家から調達
 不動産の開発費用は銀行など金融機関からの融資が一般的である。この常識に一石を投じているのが不動産の投資、資金調達の新たな機会を提供する「不動産投資型クラウドファンディング」である。
 不動産投資型クラウドファンディングは、事業者(運営者)が金融機関に頼ることなく、不特定多数の個人投資家からウェブプラットフォームで資金を調達する。それを原資に不動産を取得・運営し、賃貸や売却によって得られた利益を投資家に分配するという仕組みだ。
 
不動産投資クラウドファンディング「OwnersBook」の募集画面。
出典:https://www.ownersbook.jp
 
 1万円からの小口投資が可能なので幅広い層の個人が投資でき、4%前後の利回りを期待できる。小口投資を希望する個人は、口座開設や実際の投資、解約などすべての手続きをネット上で完結できる。この手軽さが大きな魅力となっている。事業者が1年などの短期間で不動産を売却する場合も多く、短期間で利益を出せる面でも人気が集まっている。また、REIT(不動産投資信託)と違い、投資家が出資する不動産案件を自分で選べるのも特徴だ。
 投資家は不動産オーナーとしての地位は得るが、実際の物件管理は不動産会社に任せきりにできる。そして、運用の手間もかからない。こういった気軽さと高い利回りによって、不動産投資型クラウドファンディングの人気は高く、億単位の案件が10分とかからずに目標額に達するケースもざらにあるという。
 
まちづくり参加型クラウドファンディング「ハロー!RENOVATION」。空き家や遊休不動産を活用するための資金調達にクラウドファンディングを活用する。
出典:https://hello-renovation.jp
 
 インターネット上で不特定多数の人々から投資を募るクラウドファンディング。その基盤には、大量のアクセスを瞬時に処理できるテクノロジーがある。今後は、金融取引などの記録をコンピューターのネットワーク上で管理する技術であるブロックチェーンによって、小口化された不動産の権利が国境を越えて売買されていくという専門家の指摘もある。
 ICTの革新を基盤に生まれる新たなサービスが、不動産の資金調達、投資、取引のあり方を根本から変えてしまうのかもしれないのだ。

テック化を活用した挑戦的な提案こそが
既成概念を打ち破る新価値を創造する
 このように不動産業のテック化は、人々のライフスタイルを一変させ、既存のサービスに取って代わるほどのインパクトを社会に与えつつある。産業構造の大転換をもたらす可能性を秘めているのである。
 言い換えれば、企業がテック化に乗り出したとしても、既存のサービスやビジネスモデルの改善・改良の範囲内で顧客の利便性を高めたり、業務を効率化させたりするだけでは、かつてない新たなサービスを生み出すことは不可能である。奇抜なビジネスモデルやライフスタイルの刷新などの挑戦的提案をテック化によって実現するという強い意志と実践が必要なのである。
 レポートの後半では、アメリカや新興国など、先進的なビジネスモデルを次々と生み出している海外の不動産テックの状況について一般社団法人不動産テック協会代表理事赤木正幸氏に行ったインタビューを紹介する。
 

記事中の情報、数値、データは調査時点のものです。
会員登録されている方は、本レポートをPDFファイルでダウンロード出来ます

TOPへ