テックというイメージから大きなスケールのサービスだと捉えがちです。FacebookやGoogleなど、今までなかったものが登場するイメージです。しかし、不動産テックは違います。どのようにテックを使って、不動産事業で稼ぐかというのが中心です。
弊社でも起業当初は不動産テックのサービスだけで事業を考えていましたが、やはり実不動産の取引と絡めながらテックの事業をやっていくことが肝になると思います。
不動産業界では、「勘と経験と度胸」が重要だと言われます。まさにアナログの世界です。不動産の広告ではポスティングに匹敵するITツールはありません。ガラパゴス携帯やファックスも使われています。この状況の不動産業界に、いかにテックを入れてレガシーな業界を変えていくのかを試行錯誤している状況です。
クローズドな情報が重要な不動産業界で
情報を拡散するテックとのバランスを模索する
私自身、不動産業を専業としていたときは当たり前だと思っていましたが、情報の取り扱いが一般とは異なるようです。
弊社のエンジニアに「不動産会社が一番欲しい情報って何?」と聞かれたことがあります。
不動産事業者であれば当たり前に応えるのは「自分しか知らない情報」です。さらに、「その情報をどうやって渡すのか?」というと、仲の良い人々にそれぞれ条件を変えて渡します。同じ物件でも、渡す人によって値段を変えて言います。これは決して騙そうとしているわけではなく、きちんと買えるか買えないかというと、たくさんのお金を払える人には高い金額を言ったほうが成約する確率が高くなるからです。いろいろな合理性があるのです。
そういう説明をすると弊社のエンジニアには「隠蔽と捏造なの?」と言われますが、私の解釈では不動産業はインサイダーな世界だと思います。
ここがフィンテックとの最大の違いです。フィンテックの世界では、インサイダー取引をすると逮捕されてしまいます。でも、不動産の業界はインサイダーでなければ許されません。
よくあるのが、「この情報は〜〜さんにだけ渡しますよ」というかたちです。クローズドな情報が非常に重要な価値を持つのです。テックはたくさんの人々に情報を拡散させたいのですが、拡散しすぎると価値がなくなるという微妙なバランスが重要になるのが不動産テックです。
不動産ってひどいな、と思われる方もいるかもしれませんが、Amazonのモデルはまさに同じです。「誰が何をクリックして買っているか?」というAmazonしか知らない情報を基に、会員に情報を提供して、買い物を促しています。eコマースでは当たり前です。マーケティングの世界では当たり前ですが、不動産の業界は昔からアナログで行ってきたのです。うまくやれば、この流れはテック化できると考えています。
年代により不動産ニーズが異なり
物件を売りづらい悩ましい時代に
もうひとつ、不動産ビジネスとテックの難しいところは世代間の違いです。eコマースなどモノを売るビジネスの方々は、この点をよく考えていると思います。世代は、「ベビーブーマー」(1966〜1976)、「ミレニアルズ」(1977〜1994)、「デジタルネイティブ」(1995〜)といった年代層に分かれます。世代によって、モノに対する考え方、生き方への考え方がだいぶ異なります。それぞれに応じたサービスを展開しなければなりません。
例えば、ベビーブーマーは遠くても一軒家を望みますが、もっと若い世代は高くても都心が良い、自分ひとりだったら色々な所に住みたいという要望に変わっています。不動産ビジネスは、どの世代をどれくらいの割合で狙っているかによって全然変わってきます。
例えば郊外の一軒家を売りたい戸建の会社であれば、ベビーブーマーは無視できません。自由な場所で自由に働くシェアリング、シェアハウス、コリビングなどは、SNSなどネットの中で個別に人とつながっている価値観を実現しなければなりません。
不動産会社は今、ピンポイントでターゲティングしづらい、モノを売りづらい悩ましい時代になってきていると考えています。
不動産テックが人に与える影響とは何かを考えると、テクノロジーが不動産に入ることによって、「人が幸せになるのか?」「人間らしい、自分らしい生き方ができるのか」という問いになると思います。
ニューヨークでは毎年11月に不動産テックウィークがあります。世界中から色々な不動産テックの会社が集まり、今年もこのテーマを議論していました。彼らは「(テクノロジーが不動産に入ることで)人間らしい生活がより実現できるようになるだろう」と結論づけていました。
テクノロジーには冷たいイメージがありますが、今までであれば一律にしか提供できなかったサービスが、テクノロジーによって個別対応できるようになっていきます。テック化により、もっと人間らしい生活になるのではと議論されていたのが、とても印象的でした。
さまざまな業種を網羅した
不動産テックカオスマップ
これが不動産テックカオスマップです。
「業務支援系」の企業が最も数が多いです。不動産会社や管理会社が使う売買や賃貸のサービス、消費者向けや事業者向けのサービスなど、さまざまなものがあります。
次は「クラウドファンディング」ですね。インターネット上で「不動産に投資しませんか?」と呼びかけて、1口1万円などでお金を集める世界です。「ローン情報」もあります。「マッチング」は居抜き物件のマッチングなどニーズをマッチングものが多いです。
「物件情報・メディア」はSUUMOなどポータルサイトがメインです。なぜ、「メディア」かといえば、今の時代は賃貸物件を探すときにポータルサイトで探さないからです。「東京ひとり暮らし」「初めてのひとり暮らし」といったキーワードで検索すると、それを解説するメディアの記事がGoogle上でヒットして、そこから物件情報のポータルサイトに入っていくなど、どんどん融合しているのです。
「不動産情報」では登記情報や行政情報を加工するものがあります。「価格の可視化」では、住所を入れると自分が住んでいる物件がいくらで売れるかが分かるものが多いです。いわゆるビッグデータをAIで解析するような世界です。
「スペースシェアリング」は大きく分けて3つあり、民泊型の住宅のシェアリング、自宅の空いている駐車場のシェアリング、コワーキングなどシェアオフィスの世界です。
「リフォーム・リノベーション」はこの分野のサービスやマッチングです。
「IoT」はスマートロックが有名ですが、色々なセンサーで情報を取るものが多いです。
「VR・AR」はゴーグルで物件を内見するものです。
いよいよ淘汰が始まった
不動産テックのサービス
主な具体事例を見ていきましょう。
「クラウドファンディング」は物件が列挙されていて、色々なスキームがあります。物件の具体的な名前が出ており、投資金額が表示されています。今、1億円から2億円であれば10分かからずに集まっています。これはすごいことです。今までは不動産を買うときの資金は金融機関から集めるしかありませんでしたが、クラウドファンディングの登場によって、個人からも集められるようになったのです。
「シェアリング」は、カテゴリーがすでに不動産ではありません。 例えば、空間を時間貸ししている「スペースマーケット」の貸し出し物件には、写真撮影というカテゴリーがあります。この時点で、不動産の価値基準が従来とはまったく異なります。駅からの距離なんてまったく関係ありません。写真撮影で人気のある物件とは何かといえば、「インスタ映えする」「『いいね』がたくさん押される」という価値基準です。ですので、空間の使い方と価値評価が大分一致しているのかなと思います。
有名なのは建物の内庭に桜の木が植えられていて、室内からでも花見ができる物件です。花見の写真をインスタにアップすると、「いいね」がたくさん押されるので、多くの人に借りてもらえるという世界です。
「WeWork」は小洒落た感じで、ドヤ顔できる空間ですね。
「IoT」はスマートロックやスマートスピーカーです。今、買い物は店舗ではなく、家の中で行う時代です。パソコンやスマホを見なくても、声だけで買える時代に変わりつつあります。
「VR」はまだできていない不動産について、意思決定するのには役立つと思います。
不動産テックカオスマップは第5版になるにあたり、42のサービスが増えました。少し減り始めています。62増えましたが、20が減りました。不動産テックのサービスもいよいよ淘汰が始まったという感じです。その中でもクラウドファンディング(+6)やスペースシェアリング(+7)、管理業務支援(+9)はここ1年ぐらい数が増えている状況です。
そして、トラブルも結構あります。
不動産の特徴で、IoTなどの機器系でよく発生するのですが、例えば、IoT機器をマンション1棟で導入しようとしたときに、IoT機器メーカーは住民の利便性の向上ばかりを考えます。これは大切ですが、オーナー側からすると、それだけでは導入に踏み切れません。オーナーの関心は、賃料を上げられるか、空室率を下げられるかにあります。
例えば、朝日を受けるとカーテンが開くIoTがありますが、マンション全室には入れられません。そのIoTを導入したからといって、賃料を上げられるわけではないからです。IoT機器を使う側と機器の導入コストを負担する側が分かれているというのが不動産の特徴だと思います。
それと、維持更新費用がかかるのもIoTやVRなど機器系の課題になっています。この課題を理解せずに導入し、後でトラブルになるケースも結構あります。
2兆円の資金が集まる
アメリカの不動産テック業界
海外でも不動産テックのカオスマップがあります。日本との違いは、マネジメント領域のテックがかなり細分化されていることです。エージェントツール、ファシリティマネジメント、ポートフォリオマネジメントといったかたちであるのが特徴です。保険も多く、また自分で工作を行うDIYのサービスがあるのは文化の違いです。
日本とのもうひとつの大きな違いは、弊社のような不動産テックのスタートアップがものすごい勢いで資金を調達している点です。平成30(2018)年だけで2兆円にも上ります。その資金で新しいサービスをどんどん展開しているのが、日本との一番の違いです。資本金が25億円以上の不動産テック企業が100社以上に上っている状況で、多い企業だと数百億円の資本金をもっています。
この世界で最も有名なのがソフトバンクです。アメリカなど海外の不動産テック企業にどんどん投資しています。日本の不動産テックにはしてくれませんが、海外には投資しています。
WeWorkは小洒落たワークスペースを提供して話題になっていますが、そこが特徴ではなく、「コミュニティマネージャー」こそが特徴です。WeWorkは不動産に対する見方が違います。私たち不動産業の人間は与えられた面積をどれだけ効率的に貸すかという発想になりますが、WeWorkは与えられた面積でどれだけコミュニケーションを生めるか、人がつながれるかに付加価値を置いています。だからこそ、コミュニティマネージャーを置いて、WeWorkの入居企業同士を結びつけて、新しいビジネスが生まれていく流れを確立しています。
あとは、BIM(Building Information Modeling)でオフィスを立体的に3Dで設計して、人の流れがどうなるか、採光がどうなるかなどをすべて計算して設計しています。日本とアメリカでは廊下の幅を変えているそうです。アメリカの廊下の幅だと日本ではあまりにも広すぎてしまい、すれ違わないのでコミュニケーションが生まれない。だから、もう少し狭くしているようです。
アメリカの例で言うと、Amazonが不動産テックに参入したことが大きな話題です。Amazon経由で不動産を買ったときに、こういったスマートスピーカーも無料で渡して、そこから次のビジネスにつなげる。不動産とeコマースがかなり密接につながり始めている例です。
レガシーでITが入ってない業界の方が、
テック化した時の効果が非常に高い
アメリカでは事業用不動産のテック化がとても盛り上がっています。なぜか? データです。不動産においてeコマースだけでは追いかけられないところは、リアルな人間が何を基準にどう動いているかであり、そのデータをすべて集められるのはリアル不動産だけです。人がたくさん集まるオフィスやマンション、商業施設などのデータを、IoTを使ってどんどん取得していく。それをビジネスに変えていくのが、今、一番力を入れているところです。
ルンバもゴミの量や家具の増減の情報を取得できれば、次の不動産ビジネスにつなげられるなど、さまざまなものを秘めています。
日米の比較でいうと、アメリカに比べて日本には不動産テックはまだまだ入っていません。
テックに投資したときのリターンや効果の出方は、業界によってかなり違います。簡単に言うとレガシーでITが全然入っていない業界の方が、入れたときの効果が非常に高いと思います。結論としては、不動産テックを入れたほうが、不動産会社は非常に儲かると言えます。
まとめに入ります。「テレワークなど分散した働き方を推進するときに、本社機能はどうなるのか?」という不動産協会によるアンケート結果があります。結論は、少し意外なのですが、本社の集約も進むし、テレワークも進んでいく一方で、IT企業のほうが、本社機能の重要性を再評価しているのです。ここが面白いところで、Amazon、Facebook、WeWorkは本社の充実にものすごいお金をかけています。そこが面白いところです。
孤独と向き合うことから生まれる
住まいの新しいかたち「コリビング」
最後に、先ほどのニューヨークでのカンファレンスでもうひとつ言及します。海外では日本でいう「シェアハウス」を「コリビング」と表現しますが、海外ではコリビングの議論がかなり盛り上がっています。
なぜ、コリビングに人が集まるのか? 答えはひとつです。「孤独だから」です。これを真正面から認めていますね。みんな孤独だから集まってくる。「孤独というネガティブな心情を真正面から受け止めるからこそ、サービスが変わってくる」という議論がありました。
端的に言えば、孤独をどうやって紛らわせるか、孤独でないようにするのにはどうしたら良いか、というのをこういったサービスで考えたり、新しい近所づきあいを始めていたりするのが海外の状況です。日本の場合は、シェアハウスは安いから利用するという状況です。海外のようにダイレクトに人間の弱さを直視していないというのが個人的な感想です。
以上で私からの報告を終わらせていただきます。ありがとうございました。
講演を終えて
宮研究員:クラウドファンディングが伸びているということですが、海外の資本からの投資が多いのでしょうか?
赤木氏:日本のクラウドファンディングは日本国内の個人です。一口1万円や10万円でどんどんお金を出している状況です。(了)
記事中の情報、数値、データは調査時点のものです。